監修 安田亮 安田亮公認会計士・税理士事務所

事業承継税制とは、後継者が事業を引き継ぐ際に贈与税・相続税の納税が猶予・免除される特例制度です。法人版と個人版の2種類があり、それぞれ要件が異なります。
事業承継税制によって納税が猶予・免除されれば、後継者が納税資金を準備できなかったり、納税によって事業資金が減ってしまったりする心配がありません。事業承継を検討している企業や個人事業主は、メリット・デメリットを踏まえ、適切に事業承継税制を活用しましょう。
本記事では、事業承継税制の要件やメリット・デメリット、手続き期限、2025年の改正内容をわかりやすく解説します。
目次
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事業承継税制とは?
事業承継税制とは、後継者が引き継ぐ企業の株式や事業用資産を生前贈与や相続で取得した際に、贈与税・相続税の納税が猶予・免除される特例制度です。事業承継税制には法人版と個人版の2種類があり、一定の要件を満たすと適用を受けられます。
法人版では、非上場企業の株式等を贈与・相続で後継者が取得した場合が対象で、個人版では、土地・建物などの事業用資産を贈与・相続で後継者が取得した場合が対象です。
2009年に創設されて以降、要件の緩和や手続き期限の延長など何度か改正が行われ、現在に至っています。
事業承継税制の導入背景
近年の日本では、中小企業経営者の高齢化と後継者不在が問題となっています。後継者が見つからずに廃業を余儀なくされる中小企業が増えると、雇用が失われるだけでなく、地域のインフラに影響を与えることが懸念されています。
また、中小企業の事業承継では以下の点も課題です。
中小企業の事業承継の課題
- 後継者が承継時にかかる資金を十分に確保できない
- 承継時に発生する多額の贈与税・相続税により経営が締め付けられてしまい、事業承継を円滑に行うことが困難
このような背景があるなか、事業承継を円滑に進めるために「経営承継円滑化法」が施行され、4つの柱のうちのひとつとして事業承継税制が策定されました。
事業承継税制の活用により、中小企業の事業承継でネックとなる部分が解消され、事業承継の促進につながることが期待されています。
一般措置と特例措置の違い
法人版事業承継税制には、一般措置と特例措置の2つの制度があります。特例措置は2018年度の税制改正によって設けられた制度です。2つの制度の違いは以下の通りです。
一般措置 | 特例措置 | |
---|---|---|
特例承継計画の提出 | 不要 | 必要 (2026年3月31日までに提出) |
適用期限 | なし | 2027年12月31日まで |
対象株数 | 総株式数の最大3分の2まで | 全株式 |
納税猶予割合 | 贈与:100%、相続:80% | 贈与・相続とも100% |
後継者 | 筆頭株主である後継経営者1人のみ | 持ち株10%以上の後継経営者3人まで |
雇用確保要件 | 承継後、5年平均で8割の雇用維持 | 実質撤廃 |
事業継続が困難な事由が生じた場合の免除 | なし | あり |
特例措置では、従来からある一般措置より納税猶予割合が優遇されている点が特徴です。
特例措置の特徴
- 対象株式数の上限(3分の2)を撤廃して全株式を適用可能とする
- 「贈与100%、相続80%」であった納税猶予割合を「贈与、相続ともに100%」とする
また、事業承継税制の適用を受け続けるための雇用確保要件が実質撤廃となり、一般措置より利用しやすい制度になりました。
事業承継税制の適用要件
贈与・相続によって後継者が先代経営者から受け継ぐ資産のうち、事業承継税制の対象となる資産の要件は以下の通りです。
対象となる資産の要件 | |
---|---|
法人版事業承継税制 | ・先代経営者等である贈与者から、全部または一定数以上の非上場株式等の贈与を受けること |
個人版事業承継税制 | ・先代事業者の事業の用に供されていた次の資産で、贈与または相続等の日の属する年の前年分の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されていたもの(特定事業用資産)の贈与を受けること ① 宅地等(400㎡まで) ② 建物(床面積800㎡まで) ③ ②以外の減価償却資産で次のもの ・ 固定資産税の課税対象とされているもの ・ 自動車税・軽自動車税の営業用の標準税率が適用されるもの ・ その他一定のもの(一定の貨物運送用及び乗用自動車、乳牛・果樹等の生物、特許権等の無形固定資産) |
また、事業承継税制の適用を受けるためには、経営承継円滑化法の認定を受けることが前提です。
法人が経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受けるためには、以下の要件を満たす必要があります。
対象 | 要件 |
---|---|
企業 | ・中小企業であること ・従業員1名以上であること ・上場企業・風俗営業会社でないこと ・資産管理会社に該当しないこと(一定の要件を満たすものを除く) |
先代経営者 | ・企業の代表権を有していたこと ・相続・贈与時に、親族で自社株式の過半数以上を保有し、かつ、後継者を除いたこれらの者の中で筆頭株主であったこと ・贈与時に代表ではないこと(贈与の場合) |
後継者 | ・相続・贈与時に後継者と親族で自社株式の過半数以上を保有し、親族の中で筆頭株主になること ・贈与または相続開始の時において、後継者の有する議決権数が、次のイまたはロに該当すること(特例措置) ・イ 後継者が1人の場合 ・後継者と特別の関係がある者(ほかの後継者を除く)の中でもっとも多くの議決権数を保有することとなること ・ロ 後継者が2人または3人の場合 ・総議決権数の10%以上の議決権数を保有し、かつ、後継者と特別の関係がある者(ほかの後継者を除く)の中でもっとも多くの議決権数を保有することとなること ・贈与時において企業の代表権を有していること(贈与の場合) ・18歳以上かつ、贈与の直前においてその企業の役員である(贈与の場合) ・相続直前に役員であることかつ、相続してから5ヶ月後に代表であること(相続の場合) |
個人事業主が経営承継円滑化法の認定を受ける場合は、贈与税の申告期限において開業届を提出し、青色申告の承認を受けていることが要件です。そのほか、後継者が「贈与の直前において特定事業用資産に係る事業に従事していたこと」などの要件を満たす必要があります。
また、事業承継税制が適用されるためには、納税が猶予される贈与税額および利子税の額に見合う担保を税務署に提供しなければいけません。
出典:国税庁「非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし」
出典:国税庁「個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(個人版事業承継税制)のあらまし」
2025年の改正内容と注意点
法改正により、2025年1月1日以後の贈与からは事業承継税制の要件が緩和されました。法人版と個人版それぞれの改正内容は以下の通りです。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
法人版 | 贈与時までその企業の役員を3年以上務めていること | 贈与の直前においてその企業の役員を務めていること |
個人版 | 贈与の日まで引き続き3年以上特定事業用資産に係る事業に従事していること | 贈与の直前において特定事業用資産に係る事業に従事していること |
事業承継税制の適用期限は、法人版では2027年12月末、個人版では2028年12月末です。法人版事業承継税制の適用を受けるため、従来の要件である「役員として3年以上勤務」を満たすには、適用期限の3年前である2024年12月末までに役員に就任する必要がありました。
しかし、2025年1月1日以後の贈与からは3年の要件が廃止されたことで、今後は贈与直前に役員に就任(個人版では特定事業用資産に係る事業に従事)していれば要件を満たします。
なお、事業承継税制の適用に必要な特例承継計画・個人事業承継計画の提出期限は2026年3月末です。法改正によって変更されたのは3年の期間要件のみで、計画書の提出期限は延長されていません。制度を利用予定の方は期限に間に合うように早めに準備を進めましょう。
出典:経済産業省「令和7年度(2025年度)経済産業関係 税制改正について」
出典:財務省「令和7年度税制改正の大綱」
事業承継税制を活用するメリット
事業承継税制には、円滑な事業承継を実施できるさまざまなメリットがあります。事業承継税制を活用する主なメリットは次の2つです。
事業承継税制のメリット
- 特例措置では全株式を対象に納税猶予割合が100%となる
- 後継者から次の後継者への事業承継で納税が免除される
以下でそれぞれ解説します。
特例措置では全株式を対象に納税猶予割合が100%となる
一般措置でも大きなメリットのある事業承継税制ですが、要件を満たして特例措置が適用されれば、事業承継時の全株式に対して贈与税・相続税の納税猶予割合が100%になります。
中小企業であっても、事業を承継する際には贈与税・相続税が高額になることが多いです。そのため、100%の納税猶予を受けられれば、後継者の承継時にかかわる資金負担を軽減することができます。
後継者から次の後継者への事業承継で納税が免除される
事業承継税制を適用できれば、先代経営者から後継者への事業承継の際、贈与税・相続税の納税が猶予されます。贈与税・相続税の納税が免除されるのは以下のケースです。
贈与税の猶予が免除される場合 | 相続税が免除される場合 |
---|---|
・先代経営者が死亡した場合 ・後継者が死亡した場合 ・後継者が次世代の後継者へ贈与した場合 | ・事業承継した相続人が死亡した場合 ・事業承継した相続人が次世代の後継者へ事業承継税制による贈与をした場合 |
特に、後継者から次世代への承継によって猶予された税額が免除される点は大きなメリットです。
本来は事業を承継するたびに贈与税・相続税の納税義務を負うことになりますが、事業承継税制を活用すれば、事業が継続する限り贈与税・相続税を支払う必要がありません。
出典:贈与税とは?かかるときや税率の計算について紹介
事業承継税制のデメリット・注意点
事業承継税制にはメリットがある反面、以下のようなデメリット・注意点もあります。
事業承継税制のデメリット
- 特例措置には期限がある
- 都道府県や税務署への報告を含めた取り消し事由に注意が必要
- M&Aによる売却が難しくなる
以下でそれぞれ解説します。
特例措置には期限がある
法人版事業承継税制の特例措置の適用を受ける場合、期限は以下の通りです。
特例措置が適用される期限
- 2026年3月31日までに特例承継計画を提出して認定を受ける
- 2027年12月31日までに贈与または相続で事業を承継する
期限までに特例承継計画を提出できない場合や、特例承継計画を提出しても期限までに贈与・相続ができない場合は、一般措置となります。
一般措置でも、通常に比べて十分な税制面の優遇を受けることは可能です。しかし、事業承継税制を最大限活用したいのであれば、特例措置の適用を受けるため早めに準備を始めるようにしましょう。
都道府県や税務署への報告を含めた取り消し事由に注意が必要
事業承継税制は、適用されて終わりではありません。適用後も満たさなくてはいけないさまざまな要件があります。
代表的な要件は、適用後、以下のように都道府県や税務署への報告が必要なことです。
適用後の報告義務
- 適用後5年間は都道府県庁へ「年次報告書」を、税務署へ「継続届出書」を毎年提出する
- 6年目以降も3年に一度、税務署へ「継続届出書」を提出する
必要な報告を行わず取り消し事由に該当してしまうと、納税猶予が取り消しになる可能性があります。
万が一、事業承継税制の認定が取り消しとなった場合、猶予されていた全額または一部の贈与税・相続税に利子税を上乗せして納付しなくてはいけません。
適用後も手続きが必要になって手間がかかる点は事業承継税制のデメリットです。
M&Aによる売却が難しくなる
事業承継税制は、基本的に親族内承継(子どもや親戚などへの事業承継)を想定して策定された制度です。そのため、適用後に株式譲渡を行うと、適用が取り消しになり、猶予されていた贈与税・相続税に加えて利子を支払わなければいけません。
事業の売却によって納税額以上の利益を得られるのであれば問題ありませんが、当時より株価が下がるなど評価が低い場合は、負担が生じてしまいます。
なお、適用後5年経過後で一定の要件を満たしていれば減税措置が適用され、売却時の価額で納税額を再計算されるため、負担は軽減できます。
事業承継税制を利用するときの手続きの流れ
相続によって事業承継をする場合、事業承継税制を適用するときの手続きの流れは以下の通りです。
事業承継税制の手続きの流れ
- 特例措置を活用する場合は都道府県知事に特例承認計画を提出して確認を受ける
- 相続開始後、8ヶ月以内に都道府県知事に事業承継税制の申請をして認定を受ける
- 都道府県による審査後、認定書が交付される
- 認定書の写しを添付して相続税の申告書を相続税の申告期限までに税務署に提出する
- 納税猶予税額及び利子税の額に見合う担保を提供して申告する
- 適用後5年間は毎年、都道府県知事へ年次報告書を、税務署へ継続届出書を提出する
- 適用後5年経過後は税務署へ継続届出書を3年に1回提出する
贈与と相続、それぞれの事業承継税制の手続きの流れの詳細は、国税庁や中小企業庁のサイトで確認できます。事業承継税制の活用を検討している場合は、提出書類や提出期限を確認して早めに準備をするようにしてください。
事業承継税制を活用する際のポイント
事業承継税制は、事業承継時の納税猶予を受けられるメリットがあるものの、適用が取り消しになるリスクもあります。
適用が取り消されると、猶予されていた税額を支払わなくてはいけないため、取り消しにならないように制度の要件を満たし続けることが重要です。
また、相続税は、対象の株式だけでなく株式以外も含めた全ての資産の金額をもとに税率が決まる累進課税です。財産総額が多いほど税率が高くなります。したがって、事業承継税制を使うのは、株価の低いタイミングがよいとされています。
ただし、経営状況が悪化していて株価が低いようなケースでは、そもそも後継者に事業を承継するタイミングとして適切ではありません。事業承継について検討する際は、事業承継に強い税理士などの専門家に相談しながら進めることも検討しましょう。
まとめ
事業承継税制とは、事業を後継者に引き継ぐ際に、一定の要件を満たすことで贈与税・相続税の納税猶予または免除を受けられる制度です。
従来の制度では贈与前3年以上に渡り、法人版では後継者が企業の役員である必要があり、個人版では後継者がその事業に従事している必要がありました。しかし、2025年の制度改正によって要件が緩和され、3年の期間要件は廃止されています。
事業承継時の納税負担を軽減できる点が最大のメリットですが、一方で適用後も満たさなければいけない要件が多数あり、M&Aが難しくなるなどのデメリットもあります。
事業承継税制を活用する際は、内容をしっかりと把握したうえで、自社にとってメリットとデメリットのどちらが大きいかを考慮し判断しましょう。
なお、事業承継税制の活用には専門的な知識が必要になるため、税理士などの専門家に相談しながら進めましょう。
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よくある質問
事業承継税制とは?
事業承継税制とは、後継者が先代経営者から引き継ぐ株式・事業用資産を生前贈与や相続で取得した際に、一定の要件を満たすと贈与税・相続税の納税が猶予・免除される制度です。
事業承継税制の概要を詳しく知りたい方は「事業承継税制とは?」をご覧ください。
事業承継税制の適用要件は?
事業承継税制の適用を受けるためには、経営承継円滑化法の認定を受ける必要があります。また、特例措置を受けるためには、期限内に特例承継計画を都道府県知事に提出しなければいけません。
事業承継税制の適用要件を詳しく知りたい方は「事業承継税制の適用要件」をご覧ください。
監修 安田 亮(やすだ りょう)
1987年香川県生まれ、2008年公認会計士試験合格。大手監査法人に勤務し、その後、東証一部上場企業に転職。連結決算・連結納税・税務調査対応などを経験し、2018年に神戸市中央区で独立開業。
