監修 中村 桂太 税理士法人みらいサクセスパートナーズ
会社には、従業員に健康診断を受けさせる義務があります。法律で求められる健康診断を実施するには、実施すべき健康診断の種類や対象になる従業員の条件を理解しておくことが必要です。
また、従業員に健康診断を受けてもらうだけでなく、その結果を所轄の労働基準監督署長に報告することも求められます。
本記事では、会社に実施が義務付けられている健康診断の種類や対象となる従業員の範囲、健康診断実施の流れなどについて解説します。
目次
健康診断は会社の法定義務
労働安全衛生法第66条1項の規定により、会社には従業員に対して健康診断を実施する義務があります。
健康診断実施を義務付けている目的は、従業員の健康状態に起因した業務上の事故・疾病を防止または早期発見することです。もし従業員に健康診断を受診させなかった場合、会社には50万円以下の罰金が科せられます。
また、同条5項の規定により、従業員にも会社が行う健康診断を受ける義務が課せられています。
さらに、第66条の3「健康診断の結果の記録」及び第66条の6「健康診断の結果の通知」に違反した場合にも罰則がある点は押さえておきましょう。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第66条」
健康診断の費用は会社が負担する
会社が実施する健康診断にかかる受診費用は、原則として会社が負担します。
ただし、会社が負担しなくてはいけないのは、法定健診にかかる費用のみです。従業員が任意で受診する検査項目については、会社に費用負担義務はありません。
従業員の雇入れ時に実施が義務付けられている健康診断の項目は、以下の11項目です。
雇入れ時の健康診断の項目
- 既往歴及び業務歴の調査
- 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
- 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
- 胸部エックス線検査
- 血圧の測定
- 貧血検査(血色素量及び赤血球数)
- 肝機能検査
- 血中脂質検査
- 血糖検査
- 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
- 心電図検査
出典:厚生労働省「労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう」
また、1年以内ごとの実施が義務付けられている定期健康診断の項目は、以下の11項目です。「※」が付いている項目については、それぞれの基準によって医師が必要でないと認めるときは省略できます。
定期健康診断の項目
- 既往歴及び業務歴の調査
- 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
- 身長※、体重、腹囲※、視力及び聴力の検査
- 胸部エックス線検査※及び喀痰検査※
- 血圧の測定
- 貧血検査(血色素量及び赤血球数)※
- 肝機能検査※
- 血中脂質検査※
- 血糖検査※
- 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
- 心電図検査※
出典:厚生労働省「労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう」
健康診断の受診義務がある従業員
健康診断の実施義務の対象には、正社員をはじめとする「常時使用する労働者」であることが挙げられます。パートやアルバイトの従業員に関しても、以下の条件を満たす場合は「常時使用する労働者」に該当し、受診義務の対象になります。
- ・期間が定められていない、または1年以上の雇用が見込まれている及び更新により1年以上使用されている
- ・所定労働時間が正社員の労働時間の4分の3以上
したがって所定労働時間が正社員の4分の3未満のパート・アルバイト従業員には、健康診断の実施義務はありません。所定労働時間が正社員の2分の1以上の場合は、実施が望ましいとされています。
例外として、有害業務に常時従事する従業員(特定業務従事者)については、6ヶ月以上使用されることが予定されている、または更新により6ヶ月以上使用されていることを条件に、雇入時健康診断を受診させる義務があるため注意しましょう。
また派遣社員の健康診断については、派遣元の会社に実施義務があります。ただし、有害業務に常時従事する派遣社員に対する特殊健康診断については、派遣先の会社が実施しなくてはなりません。
出典:厚生労働省「労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう」
会社に義務付けられている健康診断の種類
会社に実施義務のある健康診断には、一般健康診断と特殊健康診断の2種類があります。
それぞれの健康診断について、項目や対象者、実施の目的などを整理し、把握しておきましょう。
一般健康診断
一般健康診断には、下表の5種類があります。
種類 | 受診対象者 | 実施時期 |
---|---|---|
雇用時の健康診断 | 常時使用する労働者 | 雇入れ時 |
定期的な健康診断 | 常時使用する労働者 (特定業務従事者を除く) | 1年以内ごとに1回 |
特定業務従事者の健康診断 | 労働安全衛生規則第13条第1項第2号に挙げられる業務に常時従事する労働者 | 特定の業務へ配置換えする際、6ヶ月以内ごとに1回 |
海外派遣労働者の健康診断 | 海外に6ヶ月以上派遣される労働者 | 海外に派遣する際、帰国後可能な限り早いタイミング |
給食従業員の検便 | 事業に附属する食堂や炊事場における給食業務に従事する労働者 | 雇い入れの際 配置換えの際 |
雇用時の健康診断
雇用時の健康診断は、常時使用する労働者を新たに雇用する際に行う検査です。新たに雇用する労働者の適正配置や、入社後の健康管理などを主な目的としています。
そのため雇用の直前もしくは直後の実施が求められますが、明確な期限は規定されていません。
また雇用時の健康診断に関しては、全11項目についての省略が認められていません。ただし、3ヶ月以内に実施された医師による健康診断の結果を提出すれば、雇用時の健康診断に相当する項目は省略可能です。
定期的な健康診断
定期的な健康診断は、常時使用する労働者を対象として1年以内ごとに1回、各事業所が定める一定の時期に実施する検査です。
労働者の健康状態を把握し、以下を目的としています。
- ・疾病の予防・早期発見
- ・適正配置
- ・就業可否の判断
定期的な健康診断においては、一定の条件を満たした場合のみ、医師の判断によって特定の検査を省略できます。また雇用時に健康診断を実施した場合は、実施後1年間は定期的な健康診断の省略が可能です。
特定業務従事者の健康診断
特定業務従事者の健康診断は、労働衛生対策上で特に有害だと判断される業務に従事する労働者を対象に実施する検査です。特定業務への配置替え時に加えて、6ヶ月以内ごとに1回定期的に実施する必要があります。
具体的な特定業務は、以下のとおりです。
特定業務に該当するもの
- 多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
- 多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
- ラジウム放射線、エックス線などの有害放射線にさらされる業務
- 土石、獣毛などの塵埃や粉末を著しく飛散する場所における業務
- 異常気圧下における業務
- さく岩機、鋲打機などの使用により身体に著しい振動を与える業務
- 重量物の取り扱いをはじめとする重激な業務
- ボイラー製造をはじめとする強烈な騒音を発する場所における業務
- 坑内における業務
- 深夜業を含む業務
- 水銀、砒素、黄りん、弗化水素酸、塩酸などの有害物を取り扱う業務
- 鉛、水銀、クロム、砒素、などの有害物のガス、蒸気、粉じんを発散する場所での業務
- 病原体による汚染のおそれが著しい業務
- その他厚生労働大臣が定める業務
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生規則 第13条」
海外派遣労働者の健康診断
海外に6ヶ月以上派遣する労働者に対しても、健康診断の実施が必要です。海外派遣の労働者には、生活環境の変化やストレスなどから心身の健康問題が生じやすいと言えます。海外派遣時と、帰国後速やかに実施します。
定期健康診断の11項目に加えて、医師が必要と判断した場合は以下の検査も実施が求められます。
- ・腹部超音波検査
- ・尿酸値
- ・B型肝炎ウイルス抗体検査
- ・血液型検査(派遣前のみ)
- ・糞便塗抹検査(帰国時のみ)
給食従業員の検便
食堂や炊事場における給食業務に従事する労働者には、雇い入れ時または配置換え時に検便による健康診断が必要です。たとえば、飲食店や食品工場、学校給食センターなどでの業務従事者が対象に挙げられます。
主に以下の点を確認し、食中毒を未然に防ぐことが目的です。
- ・調理に携わる労働者が食中毒菌を保有していないか
- ・細菌やウイルスなど病原体の感染を受けたが、感染症状を発症していない状態ではないか
特殊健康診断
特殊健康診断とは、有害だと判断される業務に従事する従業員に対する健康診断です。労働災害の防止が、実施の主な目的です。
特殊健康診断の対象となる具体的な業務としては、以下が挙げられます。
特殊健康診断の対象となる業務
- 有機溶剤業務
- 鉛業務
- 四アルキル鉛等業務
- 特定化学物質を取り扱う業務
- 高圧室内業務または潜水業務
- 放射線業務
- 除染等業務
- 石綿などを取り扱う業務
- 粉じんを発散する場所での業務
出典:厚生労働省「労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう」
特定健康診断は、雇い入れ時と配置替え時、および6ヶ月以内の期間ごとに1回、実施しなくてはいけません。
健康診断の実施の流れ
健康診断の実施にあたっては、一般的に以下の流れで行います。法律で規定されている手続きを含むため、きちんと理解しておきましょう。
- 健康診断の受診対象者をリストアップする
- 健康診断の実施時期・方法・医療機関を決定する
- 従業員ごとに健康診断の日程を通知する
- 医療機関から結果を受け取る
- 健康診断の結果を保管する
- 健康診断の結果を所轄労働基準監督署長に報告する
1.健康診断の受診対象者をリストアップする
まずは受診義務の要件に当てはまる従業員をリストアップします。
以下の要件に当てはまる従業員を、抜け漏れがないようにリスト化しましょう。前述のとおり、一定の条件を満たせば正社員だけでなくパート・アルバイト従業員も健康診断の対象になる点には注意が必要です。
健康診断の受診対象者
- 常時使用する労働者
- 特定業務に従事する労働者
- 海外に6ヶ月以上派遣する労働者
- 食堂や炊事場における給食業務に従事する労働者
従業員のリスト化と同時に、自社が実施するべき健康診断の種類も確認します。
2.健康診断の実施時期・方法・医療機関を決定する
従業員をリストアップしたら、次に健康診断の実施時期や方法、医療機関を決定します。定期的な健康診断は、1年以内の期間に1度であればいつ実施しても問題ありません。
一般的には新入社員の入社時の「雇入時健康診断」に合わせて定期健康診断も行うため、春もしくは秋に実施するケースが多いといえます。特定の時期に繁忙期があると分かっている場合は、その時期を避けるなどを考慮してもよいでしょう。
健康診断の実施方法には、従業員が個別に医療機関へ出向いて受ける方法と検診車を会社に手配して職場内で実施する方法の2つがあります。
従業員が個別に医療機関で受診する場合、往復の交通費を会社が負担する必要はありませんが、一般的には会社負担が望ましいとされています。また、就業時間内の健康診断受診であれば、有休として取り扱う方がよいでしょう。
実施時期と方法を決定したら、要件に合った健康診断を実施している医療機関に問い合わせと予約を行いましょう。
3.従業員ごとに健康診断の日程を通知する
医療機関を決定したら、従業員の受診スケジュールを立てて本人に通知します。個別に医療機関へ出向く場合、従業員が自分で予約することもあります。従業員に予約を任させる場合、予約方法や手順などを案内し、必要に応じてフォローすることが大切です。
また、人事労務担当者が予約をしていたとしても、従業員が受診を忘れることは考えられます。そのため受診日が近づいてきたら、「1週間前・3日前・前日」などと複数のタイミングでリマインドを行うことも重要です。
4.医療機関から結果を受け取る
従業員が健康診断を受けた後は、医療機関よりメールや郵送にて診断結果が送られます。診断結果を受領したら、所見の有無にかかわらず本人に結果を通知しなくてはなりません。
また、診断結果で異常の所見がある従業員がいた場合、産業医に就業可否を確認したり、従業員に対して特定健診や保健指導の受診を勧めたりする必要もあります。
診断結果は、医療機関から本人へ直接渡されるケースもあります。その場合は、法律上会社の義務となっている検査項目について、従業員に提出・報告を求めなくてはいけません。健康診断の結果は重要度の高い個人情報であるため、取り扱いには細心の注意を払いましょう。
5.健康診断の結果を保管する
受け取った従業員の健康診断結果は、適切に保管しなくてはいけません。健康診断個人票を作成し、健康診断の種類ごとに定められた期間保管する必要があります。
健康診断の種類 | 保存期間 |
---|---|
一般定期健康診断 | 5年間 |
特定健康診断 | 通常:5年間 放射線:30年間 特定化学物質の一部:30年間 石綿:40年間 じん肺:7年間 |
健康診断個人票のフォーマットは、厚生労働省のサイトよりダウンロード可能です。ただし法律上必要な項目が網羅されていれば、別の書式で管理しても問題ありません。
出典:厚生労働省「特定健診における健診結果の保存年限の考え方」
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第66条」
6.健康診断の結果を所轄労働基準監督署長に報告する
定期的に実施する健康診断の結果については、所轄の労働基準監督署長に提出しなくてはいけません。提出期限は法律上定められているわけではありませんが、労働安全衛生規則第52条では「遅滞なく」と表現されていることから、できるだけ早い提出が望ましいといえます。
常時50人以上の従業員がいる場合は、健診結果報告書の提出も求められます。さらに特殊健診を実施した場合は、従業員の人数に関係なく必ず結果報告書の提出が必要です。
なお、定期健康診断結果報告書のフォーマットは、厚生労働省のサイトよりダウンロードできます。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第52条」
健康診断の実施における注意点
健康診断を実施する際は、個人情報の取り扱いへの注意や確実な受診のフォローを徹底しなくてはいけません。
法令を遵守してスムーズに健康診断を実施できるように、実施上の注意点を確認しておきましょう。
健康診断の結果の取り扱いに十分注意する
健康診断の結果は、労働安全衛生法第105条において秘密の保持が義務付けられており、細心の注意を払って取り扱う必要があります。
また、従業員の健康管理に関する情報は、2017年施行の改正個人情報保護法によって特に配慮が必要な「要配慮個人情報」と定義されました。そのため、第三者に情報を提供する際には本人の同意が必要です。
一方で、労働契約法第5条によって、会社には従業員に対する安全配慮義務が課せられています。
そのため、同一事業者内での必用な範囲における最小限の情報共有については、本人の同意が不要と整理されています。たとえば、健康状態が業務に支障をきたす可能性がある従業員の直属の上司に対して、業務に関係する情報のみを会社が本人の同意なしに共有するケースなどが該当します。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第105条」
出典:厚生労働省「事業場における労働者の健康情報等の取扱規程を策定するための手引き」
健康診断を受診していない従業員を放置しない
従業員が受診をし忘れたり、業務都合によって受診できなかったりする場合、または受診しようとしない従業員や受診を拒否する従業員がいる場合、会社は放置せずに対処する必要があります。
これは従業員側に問題があったとしても、結果的に労働安全衛生法違反として会社側に罰則が科せられる可能性があるためです。また、職場の安全衛生管理上も、健康診断を受けない従業員がいる状態は避けなくてはいけません。
対象になっているすべての従業員が漏れなく受診できるように、スケジュール調整や再予約などに柔軟に対応しましょう。
受診を拒否する従業員には、産業医や保健師等に相談をしながら諸事情のヒアリングを行い、診断を受けるメリット、法的義務であること、また就業規則上の懲戒対象となり得ることを丁寧に説明し、しっかりと受診するようにフォローしなくてはいけません。
まとめ
労働安全衛生法によって、会社は条件を満たした従業員に健康診断を受けさせる義務を負っています。正社員はもちろん、一定の条件を満たしたパート・アルバイト従業員も、健康診断の対象です。
詳細な対象や受けるべき検査、時期などは、ケースによって異なります。自社の安全衛生管理を徹底するために、全体の流れや注意点を把握しておきましょう。
よくある質問
会社の健康診断には実施義務がありますか?
労働安全衛生法の規定により、会社には従業員に対して健康診断を実施する義務があります。義務に違反すると50万円以下の罰金を科せられる可能性もあります。
詳しくは記事内「健康診断は会社の法定義務」をご覧ください。
会社が実施する健康診断の内容は?
会社が実施する健康診断は、大きく分けて「一般健康診断」と「特殊健康診断」の2種類です。また一般健康診断には、雇用時の健康診断、定期的な健康診断、特定業務従事者の健康診断、海外派遣労働者の健康診断、そして給食従業員の検便の5種類があります。
詳しくは記事内「会社に義務付けられている健康診断の種類」をご覧ください。
監修 中村 桂太
建設会社に長期在籍し法務、人事、労務を総括。特定社会保険労務士の資格を所持し、労務関連のコンサルタントを得意分野とする。 ISO9001及び内部統制等の企業内体制の構築に携わり、 仲介、任意売却、大規模開発等の不動産関連業務にも従事。1級土木施工管理技士として、土木建築全般のコンサルタント業務も行う。