監修 中村 桂太 税理士法人みらいサクセスパートナーズ
産業医とは、専門的な立場から従業員の健康管理や労働環境の改善などを指導したり助言したりする医師のことです。従業員50名以上の事業場においては「産業医の選任義務」があるため、条件に当てはまる企業は産業医を準備・手配する必要があります。
本記事では、産業医の選任義務や業務内容、選任する際の注意点、選任する手順について解説します。産業医の選任にあたっては決まりごとが細かく規定されているため、漏れのないよう確認しておきましょう。
目次
産業医とは?産業医の選任・設置義務とは?
産業医とは、労働安全衛生法第13条第1項に基づいて企業から選任された、従業員の健康管理や労働環境に対して指導・助言を行う医師です。常時50人以上の労働者を使用する事業場では、労働安全衛生法に基づき産業医を選任する必要があります。
労働安全衛生法の条文
事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第十三条第一項」
「事業場」とは、組織の管理下において継続して作業が行われている特定の場所です。支社や店舗がある場合には、それぞれの事業場ごとに産業医を選任する必要があります。
産業医を選任する義務が発生した場合は、14日以内に選任しなければなりません。選任義務があるにもかかわらず選任しなかった場合は、50万円以下の罰金に処せられます。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第百二十条」
健全な企業経営を実現するには、労働者の心身の健康に配慮し、高いパフォーマンスを維持してもらうことが欠かせません。しかし、個人によって健康や精神の状態は異なるため、専門知識を持つ産業医の支援によって適切に管理することが重要なのです。
産業医から指導・助言を受けると、事業者は「労働者の健康を守るための判断や行動」がしやすくなります。この点から、産業医は企業の適切な運営にあたって重要な役割を果たす存在だと言えるでしょう。
産業医の業務内容
事業場における産業医の役割は、医学に関する専門知識によって従業員の健康を正しく管理し、適切な助言や指導を行うことです。
産業医の業務内容は、労働安全衛生規則第14条第1項で以下のように定められています。
労働安全衛生規則の規定
- 健康診断の実施やその結果に基づく適切な措置
- 面接指導や必要な措置の実施、ならびにその結果に基づく適切な措置
- 心理的負担の程度を把握する検査の実施や面接指導の実施、ならびにその結果に基づく適切な措置
- 作業環境の維持管理に関すること
- 労働者の健康管理に関すること
- 健康教育や健康相談、労働者の健康の保持増進を図るための措置
- 衛生教育に関すること
- 労働者の健康障害の原因調査や再発防止のための措置
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生規則 第十四条第一項」
産業医の選任が義務となる条件
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医を選任する義務があります。ただし、常時使用する労働者数および業種によって、選任する必要のある産業医もしくは専属産業医の人数が異なる点には注意が必要です。
産業医の選任義務が生じる事業場の条件は、以下のとおりです。
産業医の選任が義務となる事業場 | 人数 |
---|---|
常時50人以上の労働者を使用する事業場 | 産業医が1名以上 |
有害な業務に常時500人以上の労働者を従事させる事業場 | 専属産業医が1名以上 |
常時1,000人以上の労働者を使用する事業場 | 専属産業医が1名以上 |
常時3,000人を超える労働者を使用する事業場 | 専属産業医が2名以上 |
上表における「労働者」とは、いわゆる日雇い労働者、パートタイマーなどの臨時的労働者を含め、常時使用する者を指します。そのため、正社員だけでなく派遣社員やパート・アルバイトなどもこの人数としてカウントされます。
一方、労働基準法上の労働者に該当しない個人事業主やフリーランサーが事業場内で働いている場合、労働基準法が適用されないので「労働者」とは見なされず、上記人数にはカウントされません。
「専属産業医」「事業場」「有害な業務」という言葉の意味については、次の「産業医の選任形態」でご確認ください。
産業医の選任形態
産業医の選任形態には、「嘱託(非常勤)」と「専属(常勤)」の2種類があります。
嘱託産業医(非常勤)は、目安として月に1回から数回程度事業所を訪問した上で業務を遂行する産業医を指します。病院やクリニックなどに勤務しつつ、産業医業務に携わるような働き方です。
一方の専属産業医(常勤)は、目安として週に3~5日、1日3時間以上事業所に勤務する形態で業務に携わります。従業員とほぼ変わらない勤務形態であることが特徴です。
それぞれの勤務時間や勤務日数については法令上で定義されているわけではないため、「産業医としての業務遂行に問題がない範囲」で設定されます。
なお、専属産業医が他の事業場で嘱託産業医を兼務する場合には、一定の要件を満たす必要があります。
専属産業医が他の事業場で委託産業医を兼務する場合の要件
- 専属産業医の所属する事業場と非専属事業場とが、「地理的関係が密接である」「労働衛生に関する協議組織が設置されているなど労働衛生管理が相互に密接し関連して行われている」「労働の態様が類似している」など、一体として活動を行うことが効率的な場合
- 専属産業医が兼務する事業場の数、対象労働者の数について、職務の遂行に支障を生じない範囲内であること
- 労働安全衛生規則第13条第1項第3号の規定に準じ、対象労働者の総数が3,000人を超えていないこと
出典:厚生労働省「専属産業医が他の事業場の非専属の産業医を兼務することについて」
「事業場」とは
産業医の選任における事業場とは、工場、鉱山、事務所、店舗といった一定の場所において相関する組織のもとで継続的に作業できる場所のことを指します。
たとえば東京に本社、大阪と福岡に支社がある企業の場合、それぞれの支社は「別の事業場」です。また、支社だけでなく店舗のように地理的に分散している場合も「1店舗ごとに1事業場」とカウントされます。そのため、会社全体の従業員数ではなく、それぞれの事業場で働く従業員が何名いるかによって産業医の選任条件が変わります。
なお、原則として同一の場所にある場合は同じ事業場と見なされますが、以下のようなケースでは異なる事業場となるので注意が必要です。
異なる事業場と見なされるケース
- 工場内にある診療所
- 自動車販売会社に付属する自動車整備工場
- 学校に附置された給食場
- 同一フロアに親会社と子会社が入居している場合
出典:岡山産業保健総合支援センター「昭和47年9月18日発基第91号 労働安全衛生法の施行について」
「有害な業務」とは
労働安全衛生規則第13条第1項第3号にて規定されている「有害な業務」は、以下の業務を指します。
労働安全衛生規則第13条の規定
- イ 多量の高熱物体を取り扱う業務及び著しく暑熱な場所における業務
- ロ 多量の低温物体を取り扱う業務及び著しく寒冷な場所における業務
- ハ ラジウム放射線、エツクス線その他の有害放射線にさらされる業務
- ニ 土石、獣毛等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所における業務
- ホ 異常気圧下における業務
- ヘ さく岩機、鋲びよう打機等の使用によつて、身体に著しい振動を与える業務
- ト 重量物の取扱い等重激な業務
- チ ボイラー製造等強烈な騒音を発する場所における業務
- リ 坑内における業務
- ヌ 深夜業を含む業務
- ル 水銀、砒ひ素、黄りん、弗ふつ化水素酸、塩酸、硝酸、硫酸、青酸、か性アルカリ、石炭酸その他これらに準ずる有害物を取り扱う業務
- ヲ 鉛、水銀、クロム、砒ひ素、黄りん、弗ふつ化水素、塩素、塩酸、硝酸、亜硫酸、硫酸、一酸化炭素、二硫化炭素、青酸、ベンゼン、アニリンその他これらに準ずる有害物のガス、蒸気又は粉じんを発散する場所における業務
- ワ 病原体によつて汚染のおそれが著しい業務
- カ その他厚生労働大臣が定める業務
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生規則 第十三条第一項第三号」
産業医を選任する際の注意点
産業医を選任する際、医師であれば誰でも選任できるわけではありません。産業医を選任する際には、以下の点に注意しましょう。
産業医を選任する際の注意点
- 産業医の資格が必要
- 法人の代表者などは産業医に選定できない
- 産業医は、選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任する
- 選任義務を果たさない企業には罰則もある
産業医の資格が必要
産業医は医師であるだけでなく、労働安全衛生規則第14条第2項に定められた要件を満たす必要があります。
産業医は、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する知識について厚生労働省令で定める要件を備えた者でなければならない。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第十三条第二項」
産業医を選任する際の注意点
- 厚生労働大臣が指定した産業医研修を修了した者
- 正規課程で産業医の養成を実施している産業医科大学やその他の大学で、厚生労働大臣が指定する当該過程を卒業し、その大学が行う実習を履修した者
- 労働衛生コンサルタント試験(保健衛生の試験区分)に合格した者
- 大学で労働衛生に関する科目を担当する常勤の教授、准教授、講師の職にある者またはあった者
- その他、厚生労働大臣が定める者
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生規則 第十四条第二項」
法人の代表者などは産業医に選定できない
医療法人や社会福祉法人、老人福祉施設といった医療機関における法人の代表者、医療法人・社会福祉法人の理事長、院長、施設長などは、自身を産業医として選任する(兼務する)ことができません。
産業医の選定
- 二 次に掲げる者(イ及びロにあつては、事業場の運営について利害関係を有しない者を除く。)以外の者のうちから選任すること。
- イ 事業者が法人の場合にあつては当該法人の代表者
- ロ 事業者が法人でない場合にあつては事業を営む個人
- ハ 事業場においてその事業の実施を統括管理する者
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生規則 第十三条第一項第二号」
以前は兼務についての規定がありませんでしたが、2017年4月に労働安全衛生規則が改正され、以降は兼務できなくなりました。代表者が産業医を兼務している場合、早急に別の産業医を選任しなければなりません。
出典:厚生労働省「産業医を選任していますか?代表者が産業医を兼務していませんか?」
産業医は、選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任する
産業医を選任する義務が発生した場合は、その日から14日以内に選任する必要があります。
産業医を選任すべき事由が発生した日から十四日以内に選任すること。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生規則 第十三条第一項第一号」
産業医を選任する場合や産業医を変更した場合には、所轄の労働基準監督署への届け出が必要です。また、選任していた産業医が辞任した場合、産業医を解任した場合は、衛生委員会または安全衛生委員会へ理由とともに報告する必要があります。
事業者は、産業医が辞任したとき又は産業医を解任したときは、遅滞なく、その旨及びその理由を衛生委員会又は安全衛生委員会に報告しなければならない。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生規則 第十三条第四項」
選任義務を果たさない企業には罰則もある
産業医を選任する義務があるにもかかわらず選任しなかった場合については、50万円以下の罰金になると労働安全衛生法に明記されています。
次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第百二十条」
また、選任しただけで産業医に業務を実施させていない場合、いわゆる「名義貸し」の場合も事業場に罰則が科せられるので注意が必要です。
事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。
出典:e-Gov法令検索「労働安全衛生法 第十三条第一項」
産業医を選任する手順
産業医を選任するための手順は以下のとおりです。
- 1.産業医を探す
- 2.選任した産業医に依頼する業務を決める
- 3.契約を締結する
- 4.労働基準監督署へ届け出る
1. 産業医を探す
まずは医療機関や検診機関、地域医師会、紹介会社を通じて産業医を紹介してもらいます。
紹介の場合、依頼する業務内容や報酬、契約期間などの条件は自社で決める必要があり、産業医とも取り決めを作らなければなりません。自社に最適な産業医を選任するためには、産業に求めるスキルや人柄をあらかじめ明確にしておく必要があります。
2. 選任した産業医に依頼する業務を決める
産業医の業務内容や巡回頻度は、労働安全衛生規則第14条第1項および第15条で規定されています。ただし、この範囲を超えて業務を依頼することも可能です。依頼する業務内容について、産業医の業務内・業務外の範囲を確認しておきましょう。
<産業医に義務付けられている業務>
- 職場巡視
- 衛生委員会のメンバーになる
<産業医に依頼することが好ましい業務>
- 健康診断結果のチェック
- ストレスチェックの実施
- 産業医面談
- 健康相談
- 求職・復職面談
また、選任した産業医は「安全衛生委員会」の構成メンバーとなることが多いため、選任する際には同時に依頼することをおすすめします。
3. 契約を締結する
契約書は、日本医師会の「産業医契約書の手引き」にフォーマットが用意されています。何を定めたらいいかわからない場合は、既存のフォーマットをそのまま使用することも可能です。
産業医契約書の解説や関連法規、参考資料も記載されているため、参考にしながら契約書の内容を検討しましょう。
出典:日本医師会「産業医契約書の手引き」
4. 労働基準監督署へ届け出る
産業医と契約を締結したら、産業医選任報告書を労働基準監督署へ提出します。産業医選任報告書に記入する情報は以下の通りです。
- 事業場の名称
- 事業場の所在地
- 事業の種類
- 被選任者氏名
- 選任年月日
- 生年月日
- 選任種別
- 担当すべき職務
- 専属の別(専属・非専属)
- 選任の別(選任・兼職)
- 医籍番号
- 前任者氏名
- 前任者の辞任・解任年月日
産業医選任報告書のフォーマットは、厚生労働省のホームページからダウンロードできます。
出典:厚生労働省「総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告」
また、e-GOV電子申請を活用すれば、オンライン上で産業医選任報告書の提出も可能です。何かしらの事情があって手続きが遅れる場合は、必ず事前に労働基準監督署に申し出をしておきましょう。
まとめ
常時使用する労働者が50人以上にのぼる事業場では、産業医を選任する義務があります。そして産業医の選任後には、義務が発生してから14日以内に選任した事実を労働基準監督署へ報告しなければなりません。
選任する産業医の人数および専属させる必要があるか否かについては、その事業所で使用する労働者の人数や事業場で行う業務内容に応じて異なります。
また、産業医を選任するだけでなく、選任後に「産業医の職務を履行させる義務」があることもあわせて注意しておきましょう。
よくある質問
産業医を選任する条件は?
常時50人以上の労働者を使用する事業場では、産業医を選任する必要があります。ただし、常時使用する労働者数や業種によって、選任する必要のある産業医もしくは専属産業医の人数が異なります。
詳しくは記事内の「産業医の選任が義務となる条件」をご覧ください。
産業医を選任する方法や手順は?
産業医を選任する手順は以下のとおりです。
- 産業医の選任
- 依頼する業務内容の取り決め
- 委託・雇用契約などの締結
- 労働基準監督署への産業医選任報告書の届出
詳しくは記事内の「産業医を選任する手順」をご覧ください。
産業医の選任報告書とは?
産業医の選任報告書は、産業医を新たに選任する場合に労働基準監督署へ提出する書類です。
産業医選任届のフォーマットは、厚生労働省のホームページからダウンロードできます。産業医を選任したら、産業医選任届を労働基準監督署へ提出しなければなりません。
詳しくは記事内の「労働基準監督署へ届け出る」をご覧ください。
監修 中村 桂太
建設会社に長期在籍し法務、人事、労務を総括。特定社会保険労務士の資格を所持し、労務関連のコンサルタントを得意分野とする。 ISO9001及び内部統制等の企業内体制の構築に携わり、 仲介、任意売却、大規模開発等の不動産関連業務にも従事。1級土木施工管理技士として、土木建築全般のコンサルタント業務も行う。