監修 好川寛 プロゴ税理士事務所
インボイス制度では、農業従事者は売り手・買い手の両方の立場で対応を求められます。農産物を販売する際は取引先への適格請求書の発行が問題となり、種苗や肥料を仕入れる際は仕入先の登録状況が自身の仕入税額控除に影響します。
一方、農協や卸売市場を通じた委託販売が多い農業では、適格請求書の発行が免除される特例が設けられています。自身の取引形態によっては、免税事業者のままでも大きな影響を受けないケースもあります。
本記事では、農業従事者が受けるインボイス制度の影響・適用される特例・対応すべきことについて解説します。
インボイス制度の概要について詳しく知りたい方は、別記事「インボイス制度とは?概要や変更点を図解でわかりやすく解説!」をあわせてご確認ください。
目次
- 【ケース別】インボイス制度が農業従事者(農家)に与える影響
- 農産物の購入者(買い手)が課税事業者の場合
- 農業従事者(売り手)が免税事業者
- 農業従事者(売り手)が課税事業者
- 農産物の購入者(買い手)が免税事業者の場合
- 農業従事者が種苗や肥料、農業機器を仕入れた場合
- 農業従事者は適格請求書の発行が免除できる?
- 農協特例
- 卸売市場特例
- 媒介者交付特例
- 農業従事者がインボイス制度で対応すべきこと
- 免税事業者は課税事業者(適格請求書発行事業者)になるか検討する
- 課税事業者(適格請求書発行事業者)になったほうがよいケース
- 免税事業者のままで問題ないケース
- 免税事業者は既存取引先と取引条件を確認・整理する
- 課税事業者は適格請求書発行事業者への登録を済ませる
- インボイス制度に対応しながら活用できる税負担軽減制度
- 簡易課税制度
- 2割特例・3割特例
- まとめ
- 無料で請求書・見積書を発行したいならfreee請求書がおすすめ
- よくある質問
【ケース別】インボイス制度が農業従事者(農家)に与える影響
農業従事者には農産物を販売する売り手と、肥料や農業機器を購入する買い手の両面があり、それぞれの立場でインボイス制度による影響は異なります。
また、農協や卸売市場を通じた委託販売が多い農業では、適格請求書の発行が免除される特例が設けられており、自身の取引形態によって対応も変わります。
以下では、インボイス制度によって農業従事者が受ける影響をケース別に解説します。
農産物の購入者(買い手)が課税事業者の場合
農産物の購入者(買い手)側が消費税の課税事業者の場合、農産物を販売する農業従事者(売り手)側が免税事業者か課税事業者かで影響が異なります。
農業従事者(売り手)が免税事業者
売り手側が免税事業者のまだと、適格請求書を発行できません。その結果、取引先の課税事業者は自身との取引にかかる消費税額分の仕入税額控除が適用されず、税負担が増加します。取引内容の見直しや価格交渉を求められる場合もあります。
農業従事者(売り手)が課税事業者
売り手側も課税事業者の場合は、税務署で適格請求書発行事業者の登録申請を行うことで適格請求書を発行できるようになります。
登録自体は任意ですが、適格請求書が発行できれば取引先の課税事業者は自身との取引にかかる消費税額分も仕入税額控除の対象とできるため、インボイス制度による影響は少ないといえます。
農産物の購入者(買い手)が免税事業者の場合
免税事業者の農産物の購入者(買い手)側は、そもそも仕入税額控除を受けていません。そのため、適格請求書の発行は不要で、インボイス制度による影響はありません。
農業従事者が種苗や肥料、農業機器を仕入れた場合
農業従事者も農作物を生産するために種苗や肥料を仕入れたり、農業機器を購入したりします。この場合、農業従事者は買い手の立場にあたります。
仕入先や購入先が免税事業者であれば、適格請求書は発行されません。これらの仕入れにかかる消費税額分は仕入税額控除を受けられず、農業従事者が課税事業者の場合は税負担が増加します。
ただし、経過措置として免税事業者等からの課税仕入れについて、一定割合の仕入税額控除が認められています。2026年度の税制改正により当初の予定から期間・割合ともに見直されており、現時点のスケジュールは以下のとおりです。
| 期間 | 控除割合 |
|---|---|
| 〜2026年9月30日 | 80% |
| 2026年10月〜2028年9月30日 | 70% |
| 2028年10月〜2030年9月30日 | 50% |
| 2030年10月〜2031年9月30日 | 30% |
| 2031年10月〜 | 控除不可 |
また、農業の場合、農産物の販売には軽減税率8%、種苗・肥料の仕入れや農業機械・設備の購入には標準税率10%が適用されます。インボイス制度では、税率区分ごとに取引における金額や納税額を適格請求書に記載することが義務付けられるため、複数税率の取引を行う農業従事者は経理面での対応負担が生じます。
軽減税率(8%)が適用される農産物例
- 米・野菜・果物・酒米・花・種子・農家レストランの弁当など
標準税率(10%)が適用される農産物例
- 種もみ・飼料用米・日本酒・観賞用の花・栽培用の種子・苗木・農家レストランでの飲食など
農業従事者は適格請求書の発行が免除できる?
農協や卸売市場が仲介する委託販売では、生産者から購入者へ直接請求書を交付することが難しいことがあります。そのため、農業従事者には適格請求書の発行が免除される特例がいくつか設けられています。
農協特例
農業従事者の多くは、「無条件委託方式・共同計算方式」で農協(JA)などに販売を委託しています。
- 無条件委託方式:売値・販売時期・販売先などの条件をつけずに販売を委託すること
- 共同計算方式:一定期間における販売額を平均価格により精算すること
農協特例とは、上記の要件を満たす委託販売において、売り手である農業従事者の適格請求書の交付義務を免除し、仲介している農協(JA)などが適格請求書を買い手に交付する制度です。農業従事者が免税事業者であっても、買い手側が仕入税額控除を適用できます。
農業従事者のほかにも、漁業・森林組合・事業協同組合もこの特例の対象です。ただし、飲食店などとの取引は委託販売ではなく買取になるため、農協特例には該当しません。
卸売市場特例
一般的に生鮮食品などは、出荷者から卸売市場を通して卸などに販売されます。この場合も売り手である農業従事者から直接、買い手に適格請求書を発行することが困難です。
そのため、売り手である農業従事者の適格請求書の交付義務を免除し、買い手には卸売市場が発行する適格請求書で仕入税額控除することを認められています。これが「卸売市場特例」です。
卸売市場特例の対象となる卸売市場は以下のとおりです。
卸売市場特例の対象となる卸売市場
- 農林水産大臣の認定を受けた中央卸売市場
- 都道府県知事の認定を受けた地方卸売市場
- 農林水産大臣の確認を受けた卸売市場(1および2に準ずる卸売市場)
卸売市場特例の対象であれば、売り手である農業従事者は免税事業者のままでも問題ありません。なお、生鮮食料品を購入した事業者(買い手)は、卸売市場が作成する一定の書類を保存することが仕入税額控除の要件です。
媒介者交付特例
媒介者交付特例とは、直売所やECサイトのように売り手と買い手の間に媒介者をはさんで取引が行われる委託販売の場合に、委託販売の委託販売事業者(受託者)が、売り手(委託者)に代わって適格請求書を交付できる制度のことです。
媒介者交付特例を利用するには、売り手(委託者)と委託販売事業者(受託者)が以下の要件を満たす必要があります。
媒介者交付特例の要件
- 委託者および受託者が適格請求書発行事業者であること
- 委託者が受託者に適格請求書発行事業者の登録を受けている旨を取引前までに通知すること
通知の主な方法は以下のとおりです。
- 個々の取引の都度、事前に登録番号を書面などで通知する方法
- 基本契約等により委託者の登録番号を記載する方法
農業従事者がインボイス制度で対応すべきこと
農業従事者がインボイス制度で取るべき対応は、自身が免税事業者か課税事業者かによって異なります。また、農協特例や卸売市場特例を利用できるかどうかも、判断の重要な要素です。
免税事業者は課税事業者(適格請求書発行事業者)になるか検討する
免税事業者である農業従事者は、課税事業者(適格請求書発行事業者)と免税事業者のどちらで経営を続けるかを改めて整理しておくことが求められます。特例の利用可否・取引先の状況・事務的処理の負担を踏まえたうえで判断します。
課税事業者(適格請求書発行事業者)になったほうがよいケース
以下のケースに該当する場合は、課税事業者への転換を検討する価値があります。
適格請求書発行事業者になったほうがよいケース
- 既存の取引先(課税事業者)との取引を継続したい場合
- 新規取引先を開拓することを考えている場合
課税事業者かつ適格請求書発行事業者になれば適格請求書を発行できます。取引先(課税事業者)はこれまでと同様に消費税額分を仕入税額控除の対象とできるため、取引上の影響を最小限に抑えられます。ただし、消費税の申告・納付義務が発生し、適格請求書発行にかかる事務負担が生じる点は考慮が必要です。
免税事業者のままで問題ないケース
以下のケースに該当する場合は、免税事業者のままでも大きな影響は生じません。
免税事業者のままで問題ないケース
- 取引先に免税事業者や簡易課税事業者が多い場合
- 消費税や適格請求書発行に関する事務的な処理を行うことが難しい場合
- 農協特例をはじめとする各種特例を利用でき、適格請求書発行が免除される場合
取引先の多くが免税事業者・簡易課税事業者であれば、そもそも仕入税額控除を受けていないため、インボイス制度に対応して課税事業者になる理由は薄くなります。農協特例などの各種特例を利用できる場合も、適格請求書の発行が免除されるため、消費税の納税義務が発生しない免税事業者のままのほうが節税につながります。
ただし、取引先が課税事業者へと切り替わったり、取引先の新規開拓を行ったりするのであれば、免税事業者であることを理由に取引条件の見直しや価格交渉を求められることがあります。
免税事業者は既存取引先と取引条件を確認・整理する
自身が免税事業者で取引先が課税事業者の場合、取引先は自社との取引において仕入税額控除を受けられないため、消費税分の負担が生じます。
適格請求書発行事業者になることや大幅な値下げを強要することは独占禁止法で禁止されています。ただし、取引先から消費税分の値下げや取引内容の見直し交渉を求められる可能性はあります。後からトラブルにならないよう、取引先との条件を事前に整理しておくことで、こうしたリスクを軽減できます。
課税事業者は適格請求書発行事業者への登録を済ませる
すでに課税事業者である場合は、所轄の税務署に申請して適格請求書発行事業者となることで、適格請求書を発行できるようになります。
新たな税負担が生じるリスクなく適格請求書を発行できるため、取引先への影響も抑えられます。既存の取引先から取引を減らされたり価格交渉されたりするリスクも低減できます。
インボイス制度に対応しながら活用できる税負担軽減制度
インボイス制度への対応による税負担を軽減する制度として、簡易課税制度・2割特例・3割特例があります。
簡易課税制度
簡易課税制度とは、基準期間の課税売上高が5,000万円以下の中小事業者を対象に、納税事務負担を軽減するために設けられた制度です。
簡易課税制度の適用要件
- 基準期間(個人事業者は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が5,000万円以下であること
- 適用を受けたい課税期間が始まる日の前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を税務署に提出済みであること
出典:国税庁「No.6505 簡易課税制度」
通常の仕入税額控除では実際の仕入れにかかった消費税額を計算する必要がありますが、簡易課税制度を適用すると、業種別に定められた「みなし仕入率」を用いて仕入税額控除額を算出できます。農業(食用)は第2種事業に分類され、みなし仕入率は80%です。
実際の仕入率がこれを下回る場合は節税につながりますが、上回る場合は本則課税のほうが有利になるケースもあるため、自身の経費構造との比較が求められます。
【関連記事】
簡易課税制度とは?申告方法やメリット、デメリットを解説
2割特例・3割特例
2割特例とは、インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者に転換した事業者を対象に、消費税の納税額を「売上にかかる消費税額×20%」で計算できる特例措置です。事前の届出は不要で、確定申告時に適用を選択するだけで利用できます。仕入れや経費にかかる消費税額を個別に計算する必要がなく、申告の事務負担を大幅に軽減できます。
2割特例の適用要件
- インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者に転換した事業者であること
- インボイス発行事業者の登録を受けていること
- 基準期間の課税売上高が1,000万円以下であること
出典:国税庁「2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)の概要」
2割特例は2026年9月30日をもって終了します。個人事業者の場合は2026年分の確定申告(2027年提出)まで、法人の場合は2026年9月30日を含む課税期間の確定申告までが適用対象です。
2割特例の終了後、個人事業者に限り2027年・2028年分の確定申告について「3割特例」が新設されました。3割特例は納税額を「売上にかかる消費税額×30%」で計算できる制度で、2割特例と同様に事前の届出は不要です。
法人の場合は2割特例終了後、本則課税または簡易課税のいずれかを選択することになります。
2割特例・3割特例の適用後に簡易課税制度へ移行する場合、通常は課税期間の初日の前日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出する必要があります。ただし、2割特例・3割特例の適用を受けた翌課税期間に移行する場合に限り、その課税期間の申告期限までに届出書を提出することで適用を受けられます。
まとめ
インボイス制度では、農業従事者は売り手・買い手の両方の立場で対応を求められます。取引先が課税事業者か免税事業者かによって影響と対応が異なるほか、農協特例・卸売市場特例・媒介者交付特例を利用できる場合は、免税事業者のままでも適格請求書の発行義務が免除されます。
自身の取引形態や取引先の状況を整理したうえで、課税事業者への転換が必要かどうかを判断することが欠かせません。
2割特例・3割特例・簡易課税制度など、税負担を軽減できる制度も用意されているため、自身の状況に合わせた活用を検討することで、インボイス制度への対応にかかる負担を抑えられます。
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よくある質問
インボイス制度で農家(農業)はどうなりますか?
農業従事者には農産物を販売する売り手と、肥料や農業機器を購入する買い手の両面があり、それぞれの立場でインボイス制度による影響は異なります。
さらに農産物を販売する際、購入者が消費税の課税事業者か免税事業者かによっても影響の大きさや内容が変わります。
詳しくは記事内「【ケース別】インボイス制度が農業従事者(農家)に与える影響」をご覧ください。
直売所が対応すべきことは何ですか?
媒介者交付特例によって、直売所が売り手に代わり適格請求書を交付できます。この場合、以下の2点への対応が必要です。
- 交付した適格請求書の写しまたは提供した電磁的記録を保存する
- 交付した適格請求書の写しまたは提供した電磁的記録を速やかに委託者にも交付する
詳しくは記事内「媒介者交付特例」をご覧ください。
適格請求書の交付が免除になるケースはどれですか?
農業従事者には、農協や卸売市場などを通じた委託販売において適格請求書の発行が免除される特例が設けられています。農協特例・卸売市場特例・媒介者交付特例の3つが該当しますが、それぞれ適用要件が異なります。
詳しくは記事内「農業従事者は適格請求書の発行が免除できる?」をご覧ください。
農家は2割特例・3割特例を利用できますか?
農業従事者も、インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者に転換した場合、一定の要件を満たせば2割特例・3割特例を利用できます。2割特例は2026年9月30日に終了し、個人事業者に限り2027年・2028年分については後継の3割特例が適用されます。法人の場合、3割特例は対象外です。
詳しくは記事内「インボイス制度に対応しながら活用できる税負担軽減制度」をご覧ください。
参考文献
監修 好川寛(よしかわひろし)
元国税調査官。国税局では税務相談室・不服審判所等で審理事務を中心に担当。その後、大手YouTuber事務所のトップクリエイターの税務支援、IT企業で税務ソフトウェアの開発に携わる異色の税理士です。
