監修 橋爪 祐典
2026年(令和8年)1月から退職所得控除の制度が大きく変わります。
これまでiDeCoや企業型DCを先に一時金で受け取り、数年後に会社の退職金を受け取れば、それぞれに控除を満額適用できる「5年ルール」がありました。
しかし、改正後は、この調整期間が「10年」に延長され、短期間に複数の退職一時金を受け取ると控除額が減額される仕組みになります。
本記事では、退職所得控除改正の背景と具体的な内容、個人・企業に与える影響、そして今から準備すべき対応策についてわかりやすく解説します。
目次
- 2025年の退職所得控除の見直し内容
- 控除額調整期間が5年から10年に延長
- 短期退職手当等の勤続年数重複を調整
- 源泉徴収票の提出義務が拡大
- 調整規定の対象拡大
- 退職所得控除の見直しによる企業への影響
- 人事・経理部門の事務負担増加
- 退職給付制度・福利厚生の見直し
- 従業員への説明責任
- 退職所得控除の見直しで企業が取るべき対応策
- 就業規則・退職金規程の改訂
- 人事制度・福利厚生制度全体の再構築
- 税理士・社労士との連携強化
- 退職金とiDeCoを併用する場合の注意点
- iDeCoを先に受け取ると控除額が減る
- 受給時期を10年以上空けるのが望ましい
- 重複期間の勤続年数は控除計算から除外される
- 退職金の受け取り方による退職所得控除の計算方法
- 一時金で受け取る場合
- 年金で受け取る場合
- よくある質問
- まとめ
- 勤怠管理をカンタンに行う方法
2025年の退職所得控除の見直し内容
退職所得控除とは、退職所得に課せられる税額の計算をする過程で、収入額から一定額を差し引く控除制度です。退職所得には、退職金以外にも確定拠出年金などを一時金(DC一時金)として受取った場合も含まれます。
2025年度税制改正により、DC一時金を受給した後に退職金を受給した場合の退職所得控除の調整計算について、課税の公平性の観点から見直しがされました。
ほかにも、2025年度の税制改正で以下の内容が見直しされています。
退職所得控除の見直し内容
控除額調整期間が5年から10年に延長
これまでの退職所得控除はDC一時金を受け取った後、5年以上経過して会社の退職金を受給すれば、それぞれの所得に満額の退職所得控除が適用される仕組みでした。しかし、今回の改正により、この5年が10年に変更されます。
たとえば、60歳でiDeCoを受け取り、65歳で会社の退職金を受給するような従来のプランでは控除額が減額されることになり、税負担が増加します。
なお、退職金を受け取った後にDC一時金を受け取る際、それぞれの所得で満額の退職所得控除を適用するには、受給期間を20年空ける必要がありますが、この場合の期間の変更はありません。
短期退職手当等の勤続年数重複を調整
新制度では、確定拠出年金や退職金の受給期間が企業での勤続年数と重なる場合、その重複部分の控除額を差し引いて計算します。
たとえば、勤続35年の社員が12年間iDeCoに加入していた場合、12年分の控除額(40万円×12年=480万円)が減額になります。
この調整により、同一勤務期間に対して二重に控除を適用できなくなるのです。
源泉徴収票の提出義務が拡大
令和8年1月1日以後に支払う退職手当等から、退職所得の源泉徴収票の提出範囲が役員だけでなく、すべての従業員へ拡大されます。
税務署は、個人の退職金やiDeCo等の受給履歴を網羅的に把握できるようになります。
従業員側にとっては、受給履歴を失念したまま申告しないといった誤りが防止され、税務の透明性が高まるでしょう。
一方で、企業の人事・経理部門にとっては事務の負担が増大し、システムや業務フローの見直しが必須です。
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調整規定の対象拡大
今回の改正では、調整規定の対象が広がり、従来「会社の退職金を先に受け取る場合」のみ厳格だった調整ルールが、「確定拠出年金を先に受け取る場合」にも適用されるようになりました。
従来の5年ルールを活用して節税していた確定拠出年金の受給は、今後難しくなります。
結果として、受給順序や時期の計画が従来以上に重要となり、個人も企業も長期的な資産形成戦略の見直しを迫られます。
退職所得控除の見直しによる企業への影響
退職所得控除の見直しは、従業員個人だけでなく企業にも少なからず影響を与える改正です。
複数の退職金制度を運用している企業では、従業員が受け取る手取り額に差が生じやすくなるため、制度設計や退職給付の説明責任がより必要になります。
従来は控除額が比較的手厚かったことで従業員の安心感につながっていましたが、今後は「控除枠を超えると課税負担が増える」というリスクを踏まえたうえでの制度運用が求められます。
人事・経理部門の事務負担増加
改正後は、退職所得の源泉徴収票の提出義務が全従業員に拡大されるため、帳票作成や提出件数が急増し、紙での保管では紛失リスクも高まるでしょう。
さらにDC一時金に係る退職所得の受給に関する申告書の保存期間も7年から10年に延長されるため、事務処理も圧迫されます。
人事・経理部門は、電子帳簿保存法に対応したシステム更新やRPA導入など、事務処理の効率化を急ぐようにしてください。
退職給付制度・福利厚生の見直し
新しい「10年ルール」の導入により、従業員が退職金とiDeCo等を有利に併用する従来の受給プランが制限されます。
それに伴い、企業は退職金規程の改訂や、70歳以降に受け取りを繰り下げられる制度の導入など、柔軟な制度設計が求められます。
また、再雇用期間中に退職金前払いや慰労金など代替的な仕組みを設けることも、従業員の資産形成と企業の人材確保の両立に有効です。
従業員への説明責任
今回の改正により、従業員は受給時期の選択によって手取りが変動する可能性があります。
そのため企業には、制度変更の内容や影響を正確に伝える説明責任が生じます。
50代以上の従業員には、セミナーや説明会を開催し、具体的なシミュレーションを示すことが必要です。
退職所得控除の見直しで企業が取るべき対応策
退職所得控除の見直しにより、従業員の退職金や企業型DCの受け取り方によって課税額が増える可能性が高まります。
企業としては、従業員に不利益が生じないよう、早期に制度や社内体制を整えることが不可欠です。具体的な対応策としては、以下のとおりです。
就業規則・退職金規程の改訂
2026年からの「10年ルール」導入により、従業員がiDeCoや確定拠出年金を先に受け取り、その後退職金を受給する場合の控除額が減額される可能性が高まります。
従業員が不利益を被らないよう、就業規則や退職金規程に「退職金の支給時期を本人の希望で繰り下げできる条項」を設けるなどの見直しが必要です。
柔軟な制度設計により、従業員が自らのライフプランに合わせた受給戦略を立てやすくなるでしょう。
人事制度・福利厚生制度全体の再構築
単なる規程改訂にとどまらず、長期的な雇用を前提とした人事制度や福利厚生の再構築が求められます。
たとえば、再雇用期間終了時に「再雇用慰労金」を導入したり、退職金の一部を在職中に分割支給する「前払い制度」を選択肢に加えることも検討できます。
従業員が安心して働き続けられる環境を提供することで、シニア人材の定着や活用にもつながるでしょう。
税理士・社労士との連携強化
退職所得控除の見直しは、税務と労務が複雑に絡み合う改正です。
税理士には退職所得控除の影響を踏まえたシミュレーションや、源泉徴収実務の確認を依頼する必要があります。
また、社労士には、就業規則改訂が労働契約法上の不利益変更に当たらないかのリーガルチェックを依頼しましょう。
両者を交えた合同会議を設け、経営陣・人事部と一体で対応することで、法令遵守と従業員保護の両立が可能です。
退職金とiDeCoを併用する場合の注意点
同一年内に退職金とiDeCoを一時金として受け取ると、同じ退職所得控除枠を分け合うことになり、控除額が目減りして課税所得が増える可能性があります。
退職金とiDeCoを併用して受け取る場合は、主に以下の点に注意が必要です。
iDeCoを先に受け取ると控除額が減る
2026年1月以降、iDeCoや企業型DCを先に一時金で受け取った後、10年以内に会社から退職金を受け取ると、後者の退職所得控除が減額されます。
たとえば、60歳でiDeCoを受給し65歳で退職金を受け取ると、以前の「5年ルール」では控除満額が使えましたが、新ルールでは減額対象となり税負担が増えます。
受給時期を10年以上空けるのが望ましい
控除を満額適用するためには、退職金とiDeCoの受給時期を10年以上空ける必要があります。
「前年以前9年以内」の受給履歴が調整対象となるため、実務上は「10年以上の間隔」を意識する必要があります。
60歳でiDeCoを受け取り、70歳以降に退職金を受け取れば、双方で控除を満額活用できる仕組みです。
重複期間の勤続年数は控除計算から除外される
退職所得控除は勤続年数に応じて算定されますが、iDeCoや確定拠出年金の加入期間と会社の勤続期間が重なる場合、その「重複年数」分の控除は二重に適用されません。
勤続35年のうち12年がiDeCo加入期間と重なっている場合、後から受け取る退職金の控除額は12年分(40万円×12年=480万円)が差し引かれます。
課税所得が増え、結果的に手取り額が減るため、重複年数の正確な把握が必要です。
退職金の受け取り方による退職所得控除の計算方法
退職金の受け取り方による退職所得控除の計算方法は、ケースによって少し異なります。
ここでは、一時金で受け取る場合と年金で受け取る場合で計算方法を紹介します。
一時金で受け取る場合
退職金や確定拠出年金を一時金で受け取ると、その所得は「退職所得」として分離課税の対象になります。
一時金を受け取る場合、課税対象となる退職所得金額は以下の計算式となります。
(退職一時金 - 退職所得控除額) × 1/2
たとえば勤続20年までは1年あたり40万円、それ以降は1年あたり70万円が控除されます。
| 勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × A (80万円に満たない場合には、80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 × (A - 20年) |
さらに、課税対象額の1/2が課税所得とされるため、他の所得よりも大幅に軽減された税額になります。
加えて、この退職所得は翌年度以降の国民健康保険料や介護保険料の算定基礎に含まれないため、社会保険料の負担増加を避けられる点も利点です。
一方で、複数回の一時金受給を計画している場合は「10年ルール」の影響で控除額が調整される可能性があるため、受給時期を戦略的に決める必要があります。
年金で受け取る場合
退職金を年金形式で受け取る場合は、「退職所得控除」ではなく「公的年金等控除」が適用され、税務上「雑所得」として他の所得と合算して課税されます。
雑所得の金額は「年金収入 − 公的年金等控除額」で算出されます。
年金形式で受け取る場合、退職所得に対する税制優遇は劣りますが、受給期間を分割することで長期的な収入の安定を得られる点はメリットといえるでしょう。
また「一時金+年金」の併用方式を利用すれば、両制度の控除を活用できるため、手取り額の最適化が可能です。
よくある質問
退職金が2回ある場合は控除額はどう計算される?
退職金を複数回受け取る場合、退職所得控除をその都度フルに適用できるわけではありません。
基本的には、複数の退職金を同一年に受け取ると合算して課税対象とされ、もっとも勤続年数が長い1回分を基準に控除額を計算します。
また、異なる年に受給する場合でも「5年ルール」「19年ルール」によって調整が入り、5年以上(または19年以上)間隔を空けないと控除が重複適用されません。
さらに2025年度の税制改正により、退職金と確定拠出年金の一時金を併用する際のルールが厳格化され、控除適用の間隔が10年・20年に見直される予定です。
したがって、退職金を受け取る順序やタイミングは手取り額に大きく影響するため、事前にシミュレーションや専門家への相談が不可欠です。
出典:東京国税局「前の退職手当等が同一年に複数ある場合の退職所得控除額の計算の特例について」
退職金は損金算入できる?
退職金は、適正な範囲であれば損金算入が認められます。
役員退職金の場合は、株主総会等で金額が具体的に決議された年度に損金計上されますが、支給額が過大と判断されるとその部分は損金不算入となります。
従業員への退職金についても原則は損金算入が可能ですが、親族従業員など特殊関係者への不自然に高額な支給は否認リスクもあるでしょう。
さらに、積立方式による退職給付引当金は支給時点で損金化されるのが原則です。
しかし、中退共や確定給付企業年金など制度にもとづく拠出金は、拠出時点で損金算入が認められるケースもあります。
税務上の適正性や手続きのタイミングを誤ると経費処理が認められない恐れがあるため、事前に顧問税理士と調整しておくようにしましょう。
まとめ
2026年1月から始まる退職所得控除の見直しは、従来の「5年ルール」が「10年ルール」へと変更されることで、退職金やiDeCoの受け取り方に影響を与えます。
就業規則や退職金規程の改訂も検討し、従業員に柔軟な受給選択肢を提供する必要があります。
退職所得控除の見直しは単なる税制変更にとどまらず、個人の資産設計と企業の制度設計の双方に影響する改正です。
影響を抑えるには、早めに専門家へ相談し、自身や自社に最適な受給戦略・制度設計を整えておくようにしましょう。
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監修 橋爪 祐典(はしづめ ゆうすけ)
2018年から現在まで、税理士として税理士法人で活動。中小企業やフリーランスなどの個人事業主を対象とした所得税、法人税、会計業務を得意とし、相続業務や株価評価、財務デューデリジェンスなども経験している。税務記事の執筆や監修なども多数経験している。


