監修 前田 昂平(まえだ こうへい) 公認会計士・税理士

「キャンペーンのために原価割れの価格で安売りしたいんだけど、これって不当廉売になる?」
価格競争が激しい市場では、「不当廉売」と呼ばれる行為を目にすることもあります。意図せず独占禁止法に違反してしまうケースもあるため、キャンペーン内容や販売価格を決める際には注意しなければなりません。
本記事では、原価割れの基本的な仕組みから不当廉売として違法になるケース、不当廉売を回避するためのポイントを解説します。「価格競争で利益が出ない」「安売りが違法行為になるのかわからない」「適正な価格設定の基準が曖昧」といった悩みを抱える経営者や担当者の方は参考にしてください。
目次
- 原価割れとは?「利益が出ない状態」の具体例
- 原価割れが起こる2つの主な理由
- 戦略的な理由(意図的な原価割れ)
- やむを得ない理由(非意図的な原価割れ)
- 原価割れと不当廉売の違い~違法となる境界線とは
- 不当廉売(ふとうれんばい)とは
- ダンピングとは
- ダンピングはなぜ禁止されているのか
- 違いに関する注意点
- 原価割れが「不当廉売」(違法)になり得るケース
- 正当な理由がない
- 価格が原価を著しく下回っている
- ほかの事業者の事業活動を困難にさせる恐れがある
- 不当廉売を避けるため、経営者が実践したい3つの対策
- 正確な原価計算の徹底
- 適正な価格設定
- 販売・在庫管理の最適化
- まとめ
- 面倒な原価計算を楽にするならfreee販売
- よくある質問
原価割れとは?「利益が出ない状態」の具体例
原価割れとは、商品を仕入れたり製造したりするのにかかった費用(原価)を下回る価格で販売することを指す言葉です。原価割れの状態では利益が出ないため、売れば売るほど損失が発生します。
たとえば、1個100円で仕入れた食品を90円で販売したとすると、1個あたり10円の損失が生じます。これが原価割れの状態です。企業向け取引でも同様で、製造原価100万円のシステムを90万円で販売した場合、原価割れで10万円の損失となります。
なお、原価を正確に把握するには会計上の「売上原価」の考え方が重要です。売上原価には、商品の仕入れ価格や製造にかかった材料費だけでなく、人件費や電気代、減価償却費などの間接的な費用も含まれます。こうしたすべての費用を適切に計算して初めて、真の原価が明らかになります。
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原価割れが起こる2つの主な理由
原価割れは、企業が意図的に戦略として実行する場合と、やむを得ない事情により結果的に発生する場合の2パターンがあります。それぞれの理由を把握しておきましょう。
戦略的な理由(意図的な原価割れ)
「意図的な原価割れ」はいわゆる企業の戦略によるもので、具体的には以下のようなものが挙げられます。
客寄せ(ロスリーダー戦略)
特定の商品で意図的に赤字を出すことにより、顧客の来店を促す戦略です。来店した顧客がほかの商品も購入することで、全体としては利益を確保できます。
この戦略は小売業界で広く活用されており、目玉商品による集客効果を期待して行われます。
新規顧客の獲得
初回限定価格やお試しキャンペーンとして、一時的に原価を下回る価格で商品を提供する方法です。「将来の優良顧客」を育てるための先行投資として位置付けられるアプローチといえるでしょう。
サブスクリプションサービスの初月無料キャンペーンなども、この戦略の一例です。短期的な損失を許容することで、顧客との継続的な関係構築を図ります。
市場シェアの拡大・知名度向上
競合他社への対抗措置や新商品のプロモーションとして一時的に実施されるケースです。市場での認知度を高め、競争上の優位性を確保することを目的としています。
特に新規参入企業や新商品の導入時によく見られる手法で、将来的な市場での地位確立を狙った戦略的な投資といえます。
やむを得ない理由(非意図的な原価割れ)
企業の戦略とは異なり、やむを得ない理由で原価割れが発生することもあります。具体的には、以下のようなケースです。
不良在庫の処分
賞味期限の近い食品や型落ちした製品など、通常価格では販売が困難になった商品を処分するケースです。廃棄費用を考慮すると、原価を下回る価格でも販売したほうがメリットがある(損失を最小限に抑えられる)という場合があります。
季節商品の売れ残りや展示品の処分などもこの理由に該当します。企業にとっては、損失を限定するための合理的な判断といえます。
資金繰りのため
黒字倒産を避けるため、あるいは急な資金需要に対応するため、赤字覚悟で商品を現金化する必要がある場合です。利益よりも資金確保を優先する状況で発生します。
経営上の緊急措置として実施されることが多く、企業の存続を最優先に考えた判断といえるでしょう。短期的には損失が生じても、事業継続のためには必要な措置となる場合があります。
原価割れと不当廉売の違い~違法となる境界線とは
原価割れと混同されやすい言葉に「不当廉売」「ダンピング」がありますが、これらはそれぞれ異なる意味を持ちます。
原価割れは単なる「状態」を表す言葉であるのに対し、不当廉売とダンピングは問題となる「行為」そのものです。以下でそれぞれ詳しく解説します。
不当廉売(ふとうれんばい)とは
不当廉売(ふとうれんばい)とは、競合他社を市場から追い出したいなどの「不当な目的」により原価を著しく下回る価格での販売を継続し、公正な競争を阻害する行為です。私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)において、不公正な取引方法の一つとして明確に禁止されています。
「単なる安売り」ではなく、「市場の競争秩序を破壊する意図的な行為」が対象となると理解しておきましょう。
ダンピングとは
ダンピングとは、正当な理由も根拠もなく原価割れするような低い価格で、商品やサービスを継続的に供給する行為のことです。本来は国際貿易の分野で使われていた用語で、国内市場よりも安い価格で海外に商品を輸出する行為を意味していました。現在では国内市場においても、不当廉売とほぼ同義の意味で使われることが多くあります。
ダンピングはなぜ禁止されているのか
ダンピングが禁止される理由は、公正な競争秩序を維持するためです。潤沢な資金を持つ企業が長期間にわたって原価を度外視した価格設定を行うと、競合他社は価格競争に対応できず、事業継続が困難になる恐れがあります。
この状況では、本来は競争力を持つ企業であっても、正常な企業努力のみでは太刀打ちできません。その結果として市場独占が生じ、消費者は最終的に選択肢を失うことにつながります。
違いに関する注意点
原価割れと不当廉売・ダンピングの違いは「不当な目的」と「市場への悪影響」が伴うかどうかです。原価割れの状態そのものが、直ちに違法となるわけではありません。
在庫処分や新規顧客獲得といった正当な理由がある場合、競合他社への影響が軽微な場合、あるいは一時的な値下げの場合などは、原価割れであっても不当廉売には該当しません。しかし、その目的や市場への影響の程度によっては「不当廉売」と見なされる可能性があるため、価格設定を行う際は十分な注意が必要です。
原価割れが「不当廉売」(違法)になり得るケース
原価割れのすべてのケースが違法というわけではありませんが、要件に当てはまってしまうと独占禁止法違反の「不当廉売」と見なされ処罰を受ける恐れがあります。公正取引委員会では、以下の3つの要件をすべて満たす場合に不当廉売と認定します。
不当廉売と認定される条件
- 正当な理由がないこと
- 供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給すること
- ほかの事業者の事業活動を困難にさせる恐れがあること
出典:公正取引委員会「不当廉売に関する独占禁止法の考え方」
以下では、3つの要件についてそれぞれ解説します。
正当な理由がない
在庫処分や新規顧客獲得などの廉売を正当化する理由がない場合、不当廉売に該当する要件の一つとなります。反対に、正当な理由があればほかの要件を満たしていても不当廉売には該当しません。
家庭用電気製品の事例では、旧型品や展示現品の販売は実質的仕入れ価格を下回る価格であっても正当な理由があるとされています。しかし、単に後継品が発売されただけで既存商品の価値が低下している理由が明確でない場合は、正当な理由とならない場合もあります。
出典:公正取引委員会「家庭用電気製品の流通における不当廉売、差別対価等への対応について」
価格が原価を著しく下回っている
商品の価格が供給に要する費用(原価)を著しく下回っており、その状態を継続して提供し続ける場合は、不当廉売に該当するリスクがあります。ここでいう「供給に要する費用」とは、仕入れ価格や製造原価だけでなく、販売費や一般管理費も含めた販売原価を指します。
ガイドラインにあるガソリン販売に関する事例では、ガソリンスタンド運営企業が37日間にわたって周辺価格より20円安い価格で販売し、仕入れ価格を下回る販売が継続されたケースが警告対象となっています。
出典:公正取引委員会「ガソリン等の流通における不当廉売、差別対価等への対応について」
ほかの事業者の事業活動を困難にさせる恐れがある
原価割れ状態での販売を継続することによって、競合他社が事業の継続困難な状況に陥る、またはその恐れがある場合には注意が必要です。実際には事業活動が困難にならずとも、具体的な可能性が認められれば不当廉売に該当してしまうかもしれません。
酒類販売における事例では、大規模な事業者がビールを集中的に廉売した場合、ほかの酒類販売業者の経営に与える影響が大きいために不当廉売に該当すると判断されました。判断の根拠として、競合他社にとって売上構成の大部分を占める商品を対象とした廉売は、その事業者への影響が深刻になる可能性が高いことが挙げられます。
出典:公正取引委員会「酒類の流通における不当廉売、差別対価等への対応について」
不当廉売を避けるため、経営者が実践したい3つの対策
不当廉売を回避するためには、以下3つのポイントを押さえておく必要があります。これらを実践することで、法的問題を避けながら健全な価格競争を行えるでしょう。
- 正確な原価計算の徹底
- 適正な価格設定
- 販売・在庫管理の最適化
正確な原価計算の徹底
すべての土台となるのは「自社の正確な原価の把握」です。企業が陥りがちな誤りとして、材料費や仕入れ価格のみを原価と捉えているケースが挙げられます。しかし、適切な原価計算には、直接材料費に加えて労務費や製造経費といったすべての費用を含めた総原価を算出する必要があります。
たとえば、製造業であれば工場の電気代や減価償却費、品質管理にかかる人件費などの間接費を把握しましょう。販売業の場合は、仕入れ価格に運送費、保管費用などを加算した総販売原価の算出が重要です。
正確な原価計算を怠ると、実際には原価割れしているにもかかわらず利益が出ていると錯覚し、結果的に不当廉売のリスクを見過ごしてしまう危険があります。
適正な価格設定
正確に原価計算を行った後は、それをもとに適正な価格設定を行います。単に原価に利益を上乗せするだけでなく、市場の需要や競合他社の動向、自社のブランド価値、商品の差別化要素などを総合的に考慮することがポイントです。
価格設定の方法として、まず競合他社の価格調査を定期的に実施し、市場における自社の位置付けを把握しましょう。次に顧客の反応や購買行動を分析し、適正な利益率を確保できる価格帯を設定します。なお、価格設定後も市場環境の変化に応じて定期的に見直すことで、競合他社への影響を考慮した適正価格の維持や不当廉売リスクの回避につなげられます。
販売・在庫管理の最適化
不当廉売リスクを回避するために何より重要なのは、販売・在庫管理の最適化です。
過剰在庫による投げ売りを防ぐには、需要予測に基づいた適切な仕入れや生産計画が欠かせません。在庫処分目的の原価割れ販売は正当な理由として認められる場合がありますが、頻繁に発生すると競合他社から不当廉売を疑われるリスクがあるでしょう。
効果的な在庫管理を実現するためには、過去の販売データを分析して需要を把握し、季節変動や市場トレンドを考慮した発注計画を策定することが重要です。また、商品の回転率を定期的にモニタリングし、売れ行きの悪い商品の価格調整を早期に行うことで大幅な値下げを避けられます。
まとめ
原価割れとは、販売価格が原価(製造費や仕入れにかかったコスト)を下回っている状態を指す言葉です。ただし、その目的や市場への影響によって適法性が変わるため、注意しなければなりません。在庫処分や新規顧客の獲得を目的としているケースは問題ないものの、競合となる他社を排除する目的で継続的に行われる場合は不当廉売と見なされる恐れがあります。
不当廉売のリスクを回避して適切な経営を行うためには、「正確な原価計算」「適正な価格設定」「販売・在庫管理の最適化」が不可欠です。原価割れのリスクを防ぎ、健全な経営を実現したいなら、会計システムを導入するなどして「データに基づいた経営判断」の実践に努めましょう。
面倒な原価計算を楽にするならfreee販売
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人件費や経費は、見込みから大きく変動することがあるため、可視化しながらの進捗管理が重要です。ほかにも、案件・プロジェクトごとに個別で経費を管理することは、粗利の正確な把握につながります。
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freee原価管理セットとfreee会計を連携することで、日々の仕訳・記帳も自動で行うことができます。同時に入金ステータスの確認など、入金管理もfreeeで一括管理が可能です。
なお、freee会計を利用されていない場合でも、仕訳データをお使いの会計システムに戻すことができます。
ほかにも、freee原価管理セットには販売管理に必要なさまざまな機能が組み込まれています。
freee原価管理セットの機能一覧
よくある質問
原価割れとは?
原価割れとは、商品を仕入れたり製造したりするのにかかった原価を下回る価格で販売することを指します。原価割れの状態になると、売れば売るほど損失が発生します。なお、原価を把握するには会計上の「売上原価」の考え方が重要です。
詳しくは、記事内の「原価割れとは」をご覧ください。
原価割れと不当廉売はどう違う?
「状態」を指す原価割れに対し、不当廉売は問題となる「行為」そのものを指します。不当廉売は独占禁止法に抵触する行為として明確に禁止されています。
詳しくは、記事内の「原価割れと不当廉売・ダンピングの違い」をご覧ください。
不当廉売に罰則はある?
不当廉売と見なされると、公正取引委員会によって排除措置命令や課徴金納付命令を受ける恐れがあります。また、ペナルティとは別に、被害者から損害賠償を請求されるリスクもあります。
詳しい事例などは、記事内の「原価割れが「不当廉売」(違法)になり得るケース」をご覧ください。
不当廉売を避けるにはどうしたらいい?
不当廉売のリスクを回避するには、「正確な原価計算の徹底」「適正な価格設定」「販売・在庫管理の最適化」が重要です。これらを実践することは、リスク回避だけでなく、健全な価格競争にもつながります。
詳しくは、記事内の「不当廉売を避けるための3つのポイント」をご覧ください。
監修 前田 昂平(まえだ こうへい)
2013年公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人に入所し、法定監査やIPO支援業務に従事。2018年より会計事務所で法人・個人への税務顧問業務に従事。2020年9月より非営利法人専門の監査法人で公益法人・一般法人の会計監査、コンサルティング業務に従事。2022年9月に独立開業し現在に至る。
