伊原さんと中根さんのインタビュー風景
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視覚障害がある人々にビジネス参画チャンスを freeeがアクセシビリティを意識して得た気づきとは

「freee人事労務」の従業員向けモバイルアプリiOS版がアクセシビリティへの対応をスタートさせた。これは、iOSに標準で搭載されている画面読み上げ機能(VoiceOver)の活用により、視覚に障害がある方でも「打刻」「勤怠入力」「給与明細の確認」といった、「freee人事労務」の基本機能を利用できるようにするもの。
障害によって業務への関わりを制限することなく、ビジネス参画のチャンス、そして働き方の幅を広げるために――アクセシビリティ対応に注力するようになった背景、そして今なお続行中のアクセシビリティ対応について聞いた。

なぜ今、アクセシビリティに注目するのか?

――まず、freeeがアクセシビリティにフォーカスした経緯をお聞かせください。

伊原 私は「freee人事労務」のプロダクトマネジャーを務めていますが、2017年の入社前はUXデザインに携わり、アクセシビリティに関する著書も手がけていました。入社後、社内で一貫して提言してきたのは、freeeの「アイデアやパッションやスキルがあればだれでも、ビジネスを強くスマートに育てられる」というサービスコンセプトはアクセシビリティそのものだ、ということです。
アクセシビリティとは多様な属性、多様な状況にある人が等しく情報を扱い、それを基に腕を振るえること。第一歩として発表した「freee人事労務」アプリのアクセシビリティ対応により、視覚に障害がある方への利用範囲は広がりました。高齢者の方や弱視の方も含めて、広くfreeeのプロダクトが届けられるようになれば、すべての人へのビジネス参画チャンスの提供に近づくことになるのです。これはfreeeのミッションそのものです。

――アクセシビリティを紹介した当時、社内の認知はいかがでしたか?

伊原 私がアクセシビリティについてプレゼンすると、驚きを持って迎えられることが多かったですね。たとえば、iPhoneを取り出してVoiceOverを起動すると、ほとんどの同僚が「読み上げ機能なんてあったんだ」「自分のスマホでもできるの!」と驚いていました。

そう、ほとんどのメンバーがスマホ、Kindleなどの音声読み上げ機能について知らず、活用をしたこともなかったんです。しかし、「すべての人に」というコアに通底することがわかったら、浸透は速い。アクセシビリティはfreeeのミッションに沿うものということで社内の納得、理解につながったと感じています。

――しかし、今アクセシビリティにフォーカスするのはなぜでしょうか。

伊原 2016年に障害者差別解消法が施行され、Webにおいても障害者への意識、つまりアクセシビリティが求められるようになりました。ただ、それはアメリカなど世界各国の法制に比べると罰則規定もありませんし、国内や業界の広がりとして、やや遅れている印象は否めません。ただ、業界ではヤフーやサイボウズやサイバーエージェントなど、プロダクトをアクセシビリティに対応させる動きも活発になってきました。そこで、アクセシビリティ対応によってプロダクトに価値を持たせ、ビジネスに資すること。私たちも、その典型例を創りたいと考えたのです。

――アクセシビリティ対応への一歩として着手したのがユーザーインタビュー。利用者の声を聞くことだったそうですが。

伊原 そうですね。視覚に障害があるた方はfreeeをどのように使っているのか? あるいはどのように使えていないのか? ここはユーザーに聞いてみるべきでしょう。そこで、全盲で長年にわたってスクリーンリーダーを利用している中根雅文さんに話を聞くことにしました。中根さんはもともとfreeeユーザーで、アクセシビリティについても継続的に提言、情報発信をされてきた。ユーザーインタビューには最適の方です。
中根さんのインタビューを通し、視覚に障害がある方が使えていないポイントを収集することができました。しかし、社内のメンバーにとって大きかったのは、中根さんとの対話により、ひとりのユーザーを実体を持って感じられるようになったことです。
ユーザーの意見を集約すべく、フォームから集まったメッセージをテキストにまとめても、そこには人間が立ち現れません。「この機能が使えませんでした」といったフィードバックを単発でつなぎ合わせても、解像度は低いんです。しかし、中根さんとの対話では、ひとりの人間が実際に使えていたり、使えずに困っていたりするリアルな姿があった。この意識的なキャッチアップには大きな意義があったのです。

全盲エンジニアの加入により、加速したアクセシビリティ対応

――ユーザーインタビューに登場した中根さんは、その後エンジニアとしてfreeeに入社。「freee人事労務」のアクセシビリティ改善担当として活躍しています。

伊原 アクセシビリティ専任のエンジニアを社内に擁した点も画期的でしたが、中根さんの存在は「freee人事労務」のアクセシビリティ対応に欠かせないものになりました。
「freee人事労務」は勤怠管理・給与計算・行政手続き書類の出力といった業務を一気通貫で行えるプロダクト。従業員が勤怠入力を行ってインプットし、その計算のアウトプットとして給与明細を受け取ります。freee会計と比較すると、freee人事労務の方が1事業所で多くの方にご利用いただいており、ユーザーの中には障害のある方もいらっしゃいます。そのためアクセシビリティ対応に優先的に取り組むには最適なプロダクトだったんです。

中根さんがスマートフォンの音声出力を利用している様子

――アクセシビリティ対応について苦労した点、壁になったことはありましたか?

中根 問題になったのはユーザーテストですね。通常であれば、画面の設計段階でユーザーにラフなデザインを見せてテストできます。しかし、VoiceOverを使うとなれば、実装の最終段階まで進まなければユーザーテストができないので開発のコストが大きくかかってしまいます......。エンジニアとして、これは大きな課題でした。

伊原 解決の一つのアプローチとして、私たちはReactコンポーネントによるデザインシステムの導入を検討しました。パーツ化したUIを組み合わせ、統合することで一貫性を高め、対応しようというもの。このデザインシステムにより、ある程度までデザインが進められたら、コードで組まれたセットを中根さんがテストできるようになります。

――アクセシビリティ対応の取り組みが本格化する中、ユーザーテストのケースのようにさまざまな知見、ナレッジが積み上がっていきそうです。

伊原 つい最近、freeeでは「自動で経理」という機能をリニューアルしました。入金のプラス、出金のマイナスを色分けで表示するのですが、そこではいわゆる「色覚特性」(赤と緑の区別がつきにくいなど、色の識別による目の特性のひとつ)のスタッフに見てもらってテストしました。

リニューアル前の見え方(一般)
リニューアル前の見え方(色覚異常の人の見え方)

リニューアル前の見え方

リニューアル後の見え方(一般)
リニューアル後の見え方(色覚異常の人の見え方)

リニューアル後の見え方

そこで、「この青と赤は見分けにくいですね」といったフィードバックを収集し、赤を少しオレンジに寄せると違いがわかりやすくなるというセオリーをもとにして、デザインに反映することができました。この色覚特性は20人に1人が該当するともいわれるように、視覚障害にもさまざまな現れ方があります。よりきめ細かく対応できるよう、今後も検討を重ねていきたいですね。

多様性を生かした世界を目指して――今後のビジョン

――日本でも、多様な働き方が選択できる環境が見られるようになり、ダイバーシティを重んじていく潮流もあります。今後、freeeのアクセシビリティ対応はどう進めるのか。今後のビジョンをお聞かせください。

伊原 障害者と一緒に働ける環境がなければ、アクセシビリティへの意識、気づきも生まれないでしょう。freeeのサービスコンセプト「アイデアやパッションやスキルがあればだれでも、ビジネスを強くスマートに育てられる」がアクセシビリティにつながるということも、中根さんと対話し、触れることによって初めて腹に落ちたメンバーもいたでしょう。
「freee人事労務」のアクセシビリティ対応では、労働環境での障害者の見える化と、業務への参画の一体化を目指しました。プロダクトに価値を持たせつつ、この方向性でアクセシビリティ対応を進めていければと思います。

中根 25年ほど、アクセシビリティについて情報発信をしてきましたが、浸透はまだまだこれからです。障害者が仕事をしている、購買活動をしていることを認知させていかないと、なかなか世の中の認識、現状は変わらないのが現実でしょう。
多様性を持たないと社会は極めて脆弱になってしまいます。私自身が開発者として、さまざまな人が広く使えるプロダクトを一つでも増やし、豊かな社会づくりに貢献していきたいと思っています。

(取材・執筆:佐々木正孝  編集:阿部綾奈/ノオト)