監修 前田 昂平(まえだ こうへい) 公認会計士・税理士

「〇〇社が△△社を吸収合併」。企業のニュースで耳にしたことがあるのではないでしょうか。もしあなたの会社が吸収合併を検討している、あるいは合併される側になったとしたら、何が起こるのでしょうか?
吸収合併とは、既存の会社がほかの会社を吸収し、すべての権利義務を包括的に引き継ぐ組織再編の手法です。新会社を設立する必要がなく経営の効率化やシナジー効果を早期に実現できる点から、企業再編やM&A手法として多く採用されています。
本記事では、吸収合併の概要や手続きの流れ、メリット・デメリット、会計処理のポイントまで解説します。消滅会社・存続会社どちらも理解を深めておくべき情報であるため、参考にしてください。
目次
- 吸収合併とは?買収や新設合併とはどう違う?
- 合併と買収の違い
- 新設合併との違い
- 吸収合併と子会社化の違い
- 吸収合併の事例
- 日本製鉄
- ファミリーマート
- 三越
- 【従業員向け】吸収合併されたら労働条件や役職などはどうなる?
- 労働条件
- 配置や役職
- 退職金
- 吸収合併の4つのメリット:企業が吸収合併を選ぶのはなぜ?
- 権利義務の包括的承継
- シナジー効果の早期実現
- 株式を対価として利用可能
- 組織統合が容易
- 吸収合併のデメリット
- 手続きの複雑さと現場への負担
- 効力発生日を期限とした統合作業の完了
- 株主の持ち株比率の希薄化
- 簿外債務や偶発債務のリスク承継
- 吸収合併の手続き・流れ
- 1.事前準備・交渉
- 2.合併契約の締結
- 3.合併契約に関する書面の事前備置き
- 4.株主総会における承認決議
- 5.債権者保護手続き
- 6.吸収合併の効力発生
- 7.登記申請
- 8.事後開示書類の備置き
- 吸収合併した場合の仕訳のポイント
- 消滅会社の場合
- 存続会社の場合
- 親会社による子会社吸収合併の場合
- まとめ
- よくある質問
吸収合併とは?買収や新設合併とはどう違う?
吸収合併とは組織再編の一形態で、既存の企業がほかの企業を取り込み、権利や義務をすべて引き継ぐ行為のことです。消滅会社と呼ばれる吸収される企業は、法人格を失い解散しますが、存続会社である吸収する側は法人格を維持します。
吸収合併では新会社を設立する必要がないため、手続きが比較的容易で、経営効率の向上や事業シナジーの早期発現を狙うケースでよく採用されています。実務の現場では、企業合併のなかでとくに一般的な手法です。
合併と買収の違い
合併という言葉は、複数の企業が一つの法人に統合する行為全般を指す広い概念です。そのなかで、片方の企業が存続し、もう片方が解散して統合される形式が「吸収合併」です。
なお、M&Aの文脈では、しばしば「合併」と「買収」が比較されます。
種類 | 概要 |
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合併 |
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買収 |
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新設合併との違い
吸収合併と新設合併はどちらも企業を統合する方法ですが、合併後の企業形態が異なります。
種類 | 概要 |
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吸収合併 |
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新設合併 |
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なお、実務では迅速な統合が可能な点から、吸収合併が選ばれるケースがほとんどです。
吸収合併と子会社化の違い
吸収合併と子会社化はどちらも企業の支配関係を変える手法ですが、法人格の扱いが異なります。吸収合併では統合される企業は法人格を失い、完全に一体化します。
一方、子会社化では、株式を取得して支配権を握るだけで法人格は存続します。
種類 | 概要 |
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吸収合併 |
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子会社化 |
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吸収合併の事例
吸収合併は、企業グループ内の再編や業界再編の一環として幅広く活用されています。ここでは、代表的な吸収合併の事例を紹介します。
日本製鉄
日本製鉄は業界再編の一環として、完全子会社であった日鉄日新製鋼を2020年4月1日に吸収合併しました。
背景には、鉄鋼業界が世界経済の影響を受けやすく、市況変動への対応や競争力強化が常に求められていた点があります。合併によって、経営資源を一体化し、生産体制の効率化や事業基盤の強化、競争力の向上を目指しました。
ファミリーマート
ファミリーマートは、2016年9月にユニーグループ・ホールディングス(旧サークルKサンクスの親会社)を吸収合併し、グループ経営の効率化を進めました。コンビニエンスストア業界では店舗網の拡大とスケールメリットの確保が競争力向上のカギとなるためです。
なお、合併後は旧サークルKサンクスの店舗を順次ファミリーマートブランドに転換するなど、店舗数と認知拡大に注力しています。
三越
2011年4月1日、三越は存続会社として伊勢丹を吸収合併し、両社の経営資源を統合しました。百貨店業界は消費動向や競争環境の変化に直面しており、経営統合による効率化が課題となっているためです。
これにより、店舗運営や商品調達の一体化を進め、グループ全体の競争力強化を目指しています。
【従業員向け】吸収合併されたら労働条件や役職などはどうなる?
吸収合併が行われると、消滅会社に在籍していた従業員の雇用契約は原則として存続会社に引き継がれます。会社法では、消滅会社の権利や義務がすべて存続会社に包括的に承継されると定められており、これに従業員との雇用契約も含まれるためです。吸収合併を理由とした一方的な解雇や、大規模なリストラは原則として認められません。
一方で、従業員にとって以下のような面で影響があります。
- 労働条件
- 配置や役職
- 退職金
法律上は従業員への事前告知義務はありません。しかし、多くの企業は現場の混乱や不安を避けるために、説明会や面談などの方法で合併後の待遇や経営方針を事前に共有する取り組みを行っているのが実情です。
労働条件
合併直後は、消滅会社で適用されていた就業規則や労働条件が基本的に維持されます。ただし、時間の経過とともに給与体系や評価基準、福利厚生制度などが存続会社のルールに統一されるのが一般的です。
もしも、制度変更によって従業員に不利益が生じる場合は、労働契約法の規定に従い、個別の同意や労使間の協議が必要となります。
配置や役職
組織再編の関係により、同種の部署や役割が重複する可能性があります。この場合、配置転換や部署再編が行われるものの、場合によっては管理職の役職変更や降格が発生することもあります。
こうした変更は、会社全体の組織バランスや業務効率化を目的として行われます。しかし、従業員のキャリア形成に必ずしも良い影響をおよぼすとは限りません。
退職金
勤続年数や退職金規程については、合併時点では基本的に引き継がれます。しかし、合併のタイミングで退職金を精算するケースや、一定期間を経て存続会社の制度に一本化するケースも存在します。従業員にとって不利益となる変更は、慎重な対応が求められます。
吸収合併の4つのメリット:企業が吸収合併を選ぶのはなぜ?
吸収合併は、企業の再編や事業拡大を迅速に進めるうえで多くのメリットがあります。
とくに、権利や義務を一括して承継できる仕組みや、経営資源の統合によるシナジー効果の早期発現が期待できる点は、ほかのM&Aスキームと比較して大きな特徴であるといえます。
権利義務の包括的承継
吸収合併では、消滅会社が保有していた資産や負債、契約関係、許認可、従業員との雇用契約など、あらゆる権利義務を個別の手続きなしで存続会社が一括承継できます。
これにより、契約の再締結や許認可の再取得といった煩雑な手続きを省略でき、事業を途切れさせることなくスムーズに引き継ぐことができます。
シナジー効果の早期実現
法人格が統合されると、ヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源が一体化し、組織間の連携強化が期待できます。
重複部門の統合によるコスト削減や、ノウハウの共有による業務効率化、事業規模拡大による競争力向上など、M&Aの目的であるシナジー効果を短期間で発現させやすい点が大きな強みです。
株式を対価として利用可能
合併の対価は、現金のほか存続会社の株式や社債、新株予約権などさまざまです。多額の資金調達を行わずにM&Aを実行することも可能なため、資金負担を軽減したい場合にも向いています。
組織統合が容易
吸収合併では消滅会社の法人格がなくなるため、一体感のある組織を築きやすいのが特徴です。グループ内に独立した法人を残す子会社化と比べて意思決定のスピードも上がり、統一された事業戦略の実行につながります。
吸収合併のデメリット
吸収合併はメリットだけでなく、特有の課題やリスクも抱えています。吸収合併を検討する際は、手続きの複雑さや統合に伴う負担、財務上のリスクを考慮しましょう。
手続きの複雑さと現場への負担
株式譲渡などと比べて吸収合併は、会社法に基づく株主総会決議、債権者保護手続き、登記といった多くの法的手続きが必要です。
また、別会社同士が一つの組織になるため、制度や文化の統合に時間と労力がかかり、現場の負担が大きくなることが考えられます。
効力発生日を期限とした統合作業の完了
吸収合併の効力が発生する日からは、これまで別法人だった部門が同じ法人として稼働します。そのため、効力発生日までに統合作業を完了させ、事業を滞りなく開始できる状態にすることが理想です。ただし、短期間での準備は、現場への大きな負荷となる可能性があります。
株主の持ち株比率の希薄化
合併の対価として新株を発行する場合、既存株主の持ち株比率が低下します。とくに、割高な合併比率で実施してしまうと、既存株主に不利益が生じるほか、株価に悪影響を与える可能性があります。
簿外債務や偶発債務のリスク承継
吸収合併では消滅会社の権利義務をすべて引き継ぐため、合併してから訴訟リスクのような簿外債務・偶発債務が発覚することもあります。
事前に消滅会社のリスク調査を行い、帳簿では見えないリスクを洗い出し、対策を講じておくことが大切です。
吸収合併の手続き・流れ
吸収合併は、会社法に定められた厳格な手続きを踏む必要があります。以下は、一般的な吸収合併の流れです。
- 事前準備・交渉
- 合併契約の締結
- 合併契約に関する書面の事前備置き
- 株主総会における承認決議
- 債権者保護手続き
- 吸収合併の効力発生
- 登記申請
- 事後開示書類の備置き
これらは、法的要件や期限を守らなければ手続きが無効になる可能性があります。正しい手順で進めるためにも、理解を深めておきましょう。
1.事前準備・交渉
まずは、合併の目的や戦略、条件を整理し、合併候補となる相手企業を選定します。そのうえで財務状況や事業内容、法務リスクなどを詳細に調べるデューデリジェンスを実施します。なお、交渉へ進む際は秘密保持契約なども忘れずに締結しましょう。
2.合併契約の締結
存続会社と消滅会社の間で「吸収合併契約」を締結します。契約書には効力発生日、合併比率、交付する対価の内容などを明記しましょう。また、取締役会設置会社では、取締役会の承認が必要です。
3.合併契約に関する書面の事前備置き
契約締結後は、合併契約書などの書類を両社の本店所在地に備置く必要があります。据え置き開始時期は、以下のいずれか早い日からです。
- 承認株主総会の2週間前の日
- 反対株主の買取請求に関する通知・公告の日のいずれか早い日
- 債権者保護の公告・各別催告の日のいずれか早い日
4.株主総会における承認決議
効力発生日の前日までに存続会社・消滅会社それぞれで株主総会を開き、合併契約の承認決議を行います。原則として、出席株主の議決権3分の2以上の賛成を得る「特別決議」が必要です。
なお、反対する株主は、株式買取請求権を行使できるようになります。ただし、以下のような要件を満たす合併の場合には、株主総会の決議が省略されることがあります。
- 存続会社が消滅会社の株式の90%以上を保有しており、株主の利益を害さないと認められる場合、存続会社側の株主総会が不要になる合併(簡易合併)
- 存続会社が消滅会社の全株式を保有する完全親子関係にある場合、消滅会社側の株主総会が不要となる合併(略式合併)
5.債権者保護手続き
承認決議を終えたら、官報に合併公告を掲載し、債権者には個別に催告を行います。これは合併によって債権者が不利益を被らないよう保護するための措置で、通常は1ヶ月以上の期間を設けます。
6.吸収合併の効力発生
合併契約で定めた効力発生日になると、消滅会社の権利義務がすべて存続会社に引き継がれます。この日を境に、法的にも両社は一つの法人として統合されます。
7.登記申請
存続会社の本店所在地を管轄する法務局にて、変更登記と消滅会社の解散登記を同時に行います。期間は、効力発生日から2週間以内です。
8.事後開示書類の備置き
効力発生日後は、合併に関する事項をまとめた書面を作成して本店所在地に6ヶ月間、備置きます。
吸収合併した場合の仕訳のポイント
吸収合併の会計処理は存続会社と消滅会社で異なるほか、両社の資本関係や合併形態によっても処理方法が変わります。ここでは、一般的な仕訳の考え方と、特に注意すべきポイントを説明します。
消滅会社の場合
消滅会社は、合併効力発生日の前日までに決算を行い、すべての資産・負債を適正な帳簿価額で整理します。その後は存続会社へ資産・負債を移転させ、資本金や利益剰余金といった純資産を消滅させる仕訳を行います。
なお、実務では、決算手続きと資産移転の処理がほぼ同時進行となるため、期日管理と残高確認が重要です。
存続会社の場合
存続会社は、消滅会社から引き継いだ資産・負債を計上し、その対価として交付した株式などの金額を認識します。原則として、承継する資産・負債は時価評価して受け入れますが、親会社が完全子会社を吸収する「共通支配下取引」の場合などは、簿価で受け入れます。
現金や株式といった交付した対価と、受け入れた純資産の差額については「のれん」・「負ののれん」として、以下のように処理します。
種類 | 概要 |
---|---|
のれん |
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負ののれん |
|
親会社による子会社吸収合併の場合
親会社がすでに株式を保有している子会社を吸収する場合は、保有株式に対する合併対価は交付されません。この場合、既存の子会社株式を消滅させる際に「抱合せ株式消滅差損益」などの科目で処理することがあります。
吸収合併の会計処理は、合併比率の算定や税務上の適格合併の判定など、専門的な知識を要する複雑な作業です。誤った処理は税務リスクや財務報告上の問題を招く可能性があるため、公認会計士や税理士と連携しながら進めることが重要です。
まとめ
吸収合併とは、存続会社が消滅会社の権利義務を一括承継し、組織統合や事業シナジーの発揮を早期実現する組織再編手法です。新会社設立の手間がなく、許認可や契約関係も原則そのまま引き継ぐ一方、文化や制度の統合には時間と労力がかかります。
消滅会社の簿外債務や偶発債務も承継するため、合併前には事前のデューデリジェンスが欠かせません。また、従業員は原則として存続会社に転籍し雇用が継続されますが、中長期的には労働条件が変更される可能性にも注意が必要です。吸収合併を検討する際は、メリット・デメリットを理解し、法務・会計の専門家と連携しながら進めましょう。
よくある質問
吸収合併のメリットは?
吸収合併を行うメリットには、主に「権利義務の包括的承継」「シナジー効果の早期実現」「株式を対価として利用可能」の3つが挙げられます。
詳しくは、記事内「吸収合併のメリット」をご覧ください。
吸収合併された側の従業員はどうなる?
吸収合併が行われても、消滅会社に在籍していた従業員の雇用契約は原則として存続会社に引き継がれます。とはいえ、労働条件や役職、退職金などの面で影響を受ける可能性が考えられます。
詳しくは、記事内「吸収合併された子会社の従業員への影響」にて解説しています。
吸収合併による株価への影響は?
吸収合併が公表されると、存続会社と消滅会社の両方の株価に影響が出ます。一般的に、消滅会社の株価は、合併比率に近づくように上昇する傾向があります。
一方で存続会社の株価は、合併によるシナジー効果が期待されると上昇し、逆に多額の負債引き継ぎや統合コストが懸念されると下落する可能性があります。
株価の変動は発表直後から始まり、企業の統合成果が明確になるまで続く場合があります。最終的には、両社の企業価値を適切に評価した上で算出される合併比率が、株価に大きく影響を与えます。
監修 前田 昂平(まえだ こうへい)
2013年公認会計士試験合格後、新日本有限責任監査法人に入所し、法定監査やIPO支援業務に従事。2018年より会計事務所で法人・個人への税務顧問業務に従事。2020年9月より非営利法人専門の監査法人で公益法人・一般法人の会計監査、コンサルティング業務に従事。2022年9月に独立開業し現在に至る。
