監修 三戸部 裕司
リスキリングとは、デジタル化やAIの活用といった技術革新に対応するため、企業が主体となって従業員の新たなスキル習得を推進する取り組みです。これまでの業務スキルだけでは対応しきれない場面が増えるなか、リスキリングは企業の競争力を維持・強化するために不可欠な経営戦略として注目されています。
本記事では、リスキリングの基本概念から企業が導入するステップ、成功のポイントまでをわかりやすく解説します。自社の人材育成や組織変革のためにリスキリング導入を検討している経営者、人事・バックオフィス担当者の方は、ご一読ください。
目次
- リスキリングとは
- リスキリングとリカレント教育の違い
- リスキリングとアンラーニングの違い
- リスキリングとアップスキリングの違い
- リスキリングとアウトスキリングの違い
- リスキリングが注目される背景
- 産業革命で新たに生まれる職業となくなる職業がある
- 業務の効率化や労働力不足への対策につながる
- 日本政府や経済産業省がリスキリングを推進している
- 企業がリスキリング導入に取り組むメリット
- 変化への適応力の向上と生産性の改善
- 従業員の定着率向上とエンゲージメント強化
- 採用コストの削減と組織の活性化
- リスキリング導入における課題
- 従業員のモチベーションと時間確保の難しさ
- 投資対効果の測定の難しさ
- 学習内容の陳腐化
- 企業がリスキリングを導入する4つのステップ
- ステップ1:事業戦略と連動した必要なスキルの定義
- ステップ2:リスキリング対象者の選定と学習ロードマップの策定
- ステップ3:学習機会の提供と学習環境の整備
- ステップ4:新しい業務・役割への配置(アサインメント)と評価
- リスキリング導入を成功させるポイント
- 経営層のコミットメントと戦略的な位置づけ
- 「学ぶこと」と「活かすこと」のセットでの設計
- 個人の意欲を引き出す「内発的動機づけ」の重視
- まとめ
- 従業員エンゲージメントを高め、組織を活性化する福利厚生とは
- よくある質問
リスキリングとは
リスキリングとは、デジタル化やAIの活用などによって従来の業務スキルが通用しなくなることに備え、企業が従業員に対して、今後新たに必要となるスキルや知識を習得させる取り組みを指します。
社会全体のデジタル化により、既存事業のビジネスモデルが変革したり、まったく新しい職業が誕生したりしています。
企業が持続的に成長するためには、既存の業務が縮小・自動化される分野から、今後需要が見込まれる成長分野へ、社内人材を再配置させることが経営課題となっています。企業の人材育成を目的に、大学などが社会人向けリスキリング講座を企業と連携して開講するケースも増えています。
リスキリングとリカレント教育の違い
リスキリングとリカレント教育の違いは、学習する分野の広さです。
リスキリングは仕事で求められるスキルを学びますが、リカレント教育は職業と関連する分野の学習に限りません。リカレント教育には、仕事とは関連しない分野の学びも、仕事に必要な専門知識やスキルの学び直しも含まれます。
「リカレント」は「繰り返す・循環する」を意味する言葉です。社会人となった後も、主に個人のキャリア形成や関心に基づき、一度仕事から離れて大学などの教育機関で学び直す取り組みがリカレント教育です。
リスキリングとアンラーニングの違い
アンラーニングとは、これまで培ってきた知識やスキル、価値観を一度手放すことを指し、「学習棄却」とも呼ばれます。
リスキリングが「新しいスキルを習得する」プロセスであるのに対し、アンラーニングは「時代に合わなくなった古いスキルや価値観を捨てる」プロセスである点が主な違いです。
企業が過去の成功体験や従来のやり方に固執したままでは、従業員が新しいスキルを受け入れる余地がなく、組織全体としてリスキリングの効果を十分に発揮できません。
アンラーニングは、組織がリスキリングによって新しいスキルや知識を取り入れるための土壌を整える段階といえます。
リスキリングとアップスキリングの違い
「リスキリング」と「アップスキリング」の違いは、従業員に習得させるスキルの目的です。
リスキリングは、まったく新しい業務に対応するスキル習得を重視します。一方、現在ある知識やスキルをさらに伸ばすのがアップスキリングです。
アップスキリングは和製英語の「スキルアップ」と同じ意味です。その名の通り、現在の職業・職務で必要なスキルのレベルアップや、より高度なスキルを身につける行為を指します。
リスキリングとアウトスキリングの違い
リスキリングとアウトスキリングの違いは、スキル習得の最終的な目的です。
アウトスキリングとは、人員整理などを余儀なくされた企業が従業員の再就職を支援するためにスキル習得の機会を提供し、社外でのキャリア形成を後押しする行為です。
リスキリングは従業員自身が自発的に学ぶケースも含まれ、会社主体かどうかが違います。
また、リスキリングが、社内での異動や新規事業に対応するためのスキル習得を目的とするのに対し、アウトスキリングは社外での転職・再就職で活躍を前提としている点が根本的に異なります。
リスキリングが注目される背景
リスキリングが注目されるようになった背景は、以下の通りです。
リスキリングが注目される背景
- 産業革命で新たに生まれる職業となくなる職業がある
- 業務の効率化や労働力不足への対策につながる
- 日本政府や経済産業省がリスキリングを推進している
それぞれ詳しく解説します。
産業革命で新たに生まれる職業となくなる職業がある
現在、IoTやビッグデータの活用、AI(人工知能)などの技術革新が「第4次産業革命」をもたらしています。
以下は、第4次産業革命をもたらした主な技術の概要です。
| 用語 | 概要 |
|---|---|
| IoT | ・「Internet of Things」の略称 ・今までインターネット接続されていなかったさまざまな物が、インターネットに接続され、相互に情報交換する仕組み |
| ビッグデータ | ・事業に役立つ知見を導入するための膨大なデータ ・ニーズの分析や将来予測などに活用される |
| AI (人工知能) | ・「Artificial Intelligence」の略称 ・人間と同程度の知能を持ち、学習できるコンピューターなどを指す |
上記の技術革新により、新たに生まれる職業となくなる職業があると考えられます。
新しい技術が台頭、発展すれば産業分野だけでなく、社会全体の構造も従来のままではいられません。業務の進め方や雇用のあり方も変化するため、新しい技術の習得や活用の必要性が高まっています。
業務の効率化や労働力不足への対策につながる
労働力不足を解決する対応策のひとつとして、業務の効率化も重要です。従業員がリスキリングで新しいスキルを得て業務の効率化が図れれば、少ない労働力で済む可能性があります。
労働人口が減少している近年の日本では、労働力が不足していることが問題視されています。労働力が確保できないために倒産を余儀なくされる企業もあり、業務を効率化させることは急務です。
日本政府や経済産業省がリスキリングを推進している
日本政府や経済産業省がリスキリングの機会を広げ、スキル習得を国が後押ししています。
経済産業省では、「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を公募しています。リスキリングの提供や、専門家へのキャリア相談に必要な経費を支援など、事業者が従業員のリスキリングを後押しする内容です。
さらに、経済産業大臣が認定する「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」が創出されました。厚生労働省の教育訓練支援制度と連携させ、受講費用の給付や経費を助成する制度です。
こうした取り組みは、すべてのビジネスパーソンが新しいスキルを習得するリスキリングの重要性を強調しているといえるでしょう。
企業がリスキリング導入に取り組むメリット
リスキリングは単なる人材育成ではなく、企業の競争力強化と持続的成長に直結する戦略的な取り組みです。企業が積極的に取り組むことにより、さまざまなメリットを得られます。
変化への適応力の向上と生産性の改善
デジタル技術の進化や市場環境の変化が激しい現代において、リスキリングは企業の変化対応力を高めるために重要です。
従業員がDXやAI活用といった新しいデジタルスキルを習得することで、既存業務の進め方が変わったり、新規事業が生まれたりした場合でも、社内人材で迅速に対応できるようになります。
また、デジタル化によって従来のアナログ業務や手作業が自動化されると、業務工数の削減につながります。従業員は、削減によって生まれた時間を企画や分析といった付加価値の高いコア業務に集中できるようになり、企業全体の生産性向上にも寄与します。
従業員の定着率向上とエンゲージメント強化
リスキリングには、従業員のキャリア自律と企業への信頼を高める効果が期待できます。企業側から学ぶ機会を提供することで、従業員は自身の市場価値を高め、将来への不安を軽減できるためです。
また、企業が従業員の成長に投資し、新たなキャリアパスを用意することで「会社は自分の成長を真剣に考えてくれている」と感じられるようになります。結果として、帰属意識やエンゲージメントが高まり、離職率の低下にもつながります。
採用コストの削減と組織の活性化
外部からの人材採用に頼らず、社内の人材を育成することで、コスト面と組織文化の両面でメリットが期待できます。
専門スキルを持つ人材を外部から採用するには高額なコストと時間が必要です。しかし、リスキリングによって従業員を育成・配置転換すれば、採用活動にかかる費用や工数を削減できます。
また、従業員に新しい分野への挑戦機会を提供することは、組織全体の活性化にもつながります。キャリアパスの多様化や部門間のナレッジ共有など、さまざまな面で良い影響をおよぼします。
リスキリング導入における課題
リスキリングの導入・推進には、いくつかの課題が生じます。企業が効果的に取り組むためには、次のような点に留意が必要です。
従業員のモチベーションと時間確保の難しさ
多くの従業員は日常業務に追われており、追加で学習時間を確保することが難しいのが現実です。
また、デジタルスキルの習得は非技術系の従業員にとってハードルが高いととらえられる可能性があります。業務時間外に自習を求める形式や「自分には向いていない」という心理的な抵抗感は、モチベーション低下を招くおそれがあります。
さらに、企業側が「DX推進」といった抽象的な目的だけでリスキリングを進めることにも注意が必要です。企業側が「何のために学ぶのか」「習得したスキルを将来どう活かせるのか」を明確に提示し、従業員の学習意欲を引き出す働きかけが欠かせません。
投資対効果の測定の難しさ
リスキリングは長期的な人材投資です。研修費用や学習時間中の人件費といった短期的なコストが発生する一方で、成果が可視化されるまでには時間を要します。
リスキリングによって具体的に「どの程度の業績向上につながったのか」を定量的に示すことは難しく、経営層に対して投資の妥当性を説明しづらいケースもあります。また、学習によってスキルを得られても、それを十分に活かせる業務やポジションが用意されていなければ、せっかくの投資も意味がありません。
リスキリングの効果を発揮させるためには、単に学習させるだけでなく、その後の配置や評価までを含めた計画が必要です。
学習内容の陳腐化
デジタル技術は日々進化しているため、現在有効なスキルが数年後にも通用するとは限りません。企業は常に最新の技術動向を把握し、学習内容を更新し続けることが重要です。
また、一度の研修で完結させず、従業員が自律的に学び続ける文化を組織に根付かせる取り組みも欠かせないでしょう。アンラーニングとリスキリングを繰り返す仕組みを整備すると、変化に対応できる人材を育成しやすい環境を築けます。
企業がリスキリングを導入する4つのステップ
リスキリングを単なる研修で終わらせず事業成果につなげるためには、戦略的かつ体系的な導入ステップがポイントです。
以下の4つのステップを意識し、リスキリングの効果を最大化しましょう。
ステップ1:事業戦略と連動した必要なスキルの定義
リスキリングは事業戦略を実現するため、人材戦略の一環として位置づけます。「何のためにリスキリングを行うのか」を明確にすることが成功のポイントです。
まずは、新規事業の展開やDX推進といった3〜5年後の企業の方向性を確認し、事業の実現に必要なスキルを洗い出しましょう。次に、営業職におけるSaaS活用スキルなど既存職務で求められるスキルの変化や、データサイエンティスト・クラウドエンジニアといった新しく必要となる専門職を具体的に定義します。
現在の従業員が持つスキルと、今後必要となるスキルの差を定量的に把握し、そのギャップをリスキリングの対象領域として設定することが重要です。
ステップ2:リスキリング対象者の選定と学習ロードマップの策定
洗い出したスキルやギャップに基づき、どの従業員層にどのようなスキルを習得させるかを明確化します。このとき、リスキリングによる事業貢献度が高く、本人の意欲も高い層から優先的に実施するのが効果的です。とくに自動化の影響を受けやすい職種や、新規事業の中心となる部門が対象となるケースが多い傾向にあります。
学習コンテンツは「eラーニング」「外部研修」「資格取得プログラム」などを組み合わせて設計しましょう。オンラインプラットフォームの活用は、時間や場所の制約を受けにくく、幅広いデジタルスキルに対応できる手法として有効です。
このほか、「何を」「いつまでに」「どのレベルまで」習得するのかを明確にした学習計画を作成し、従業員へ共有することも重要です。
ステップ3:学習機会の提供と学習環境の整備
リスキリングを効果的に進めるためには、従業員が安心して学習できる環境づくりが欠かせません。業務時間の一部を学習に充てる「学習時間制度」や、受講費用・資格試験費用を企業が負担する「費用補助制度」などを整備し、業務と両立できる仕組みを構築しましょう。
また、学習の進捗状況を可視化してフォローアップを行うことも重要です。従業員の意欲を維持しやすいよう、学習成果を共有・評価する仕組みの導入も検討してみてください。
ステップ4:新しい業務・役割への配置(アサインメント)と評価
リスキリングを成功に導くには「学んだスキルを実務で活かせる」場面が必要です。従業員がスキルを習得した後は、データ分析チームへの異動や新規プロジェクトへの参画など、新たな業務に配置してアウトプットの機会を提供しましょう。
加えて、成果を適切に評価できるよう、人事評価制度や報酬制度を見直すことも重要です。これにより、リスキリングが従業員個人の成長と企業成果の双方に結びつくサイクルが形成されます。
リスキリング導入を成功させるポイント
リスキリングを成功させて企業変革と従業員の成長を両立させるには、3つのポイントが重要です。
これらのポイントを戦略的に実践すると、企業は変化の激しい環境を乗り越えるだけでなく、持続的な成長を支える人材基盤を築けます。
経営層のコミットメントと戦略的な位置づけ
リスキリングを成功させるには、経営層による明確な方針とリーダーシップが欠かせません。経営層が「なぜ今リスキリングが必要なのか」「将来どのような企業を目指すのか」を継続的に発信することで、取り組みの意義が社内に浸透します。
また、リスキリングをコストではなく将来への投資と捉え、学習に必要な予算と時間を確保することも重要です。業務時間内での学習を認めるなど、実行可能な体制を整えることが従業員のモチベーション維持につながります。
「学ぶこと」と「活かすこと」のセットでの設計
リスキリングは、知識を得るだけでなく実際の業務で活かすことまで設計する必要があります。従業員に対して「このスキルを習得すれば、将来的にどの業務に活かせるか」を明確に伝えると、学習への目的意識を高められます。
学習後は、習得したスキルを小規模プロジェクトや実務で試す機会を設けましょう。経験豊富な社員や外部講師によるメンタリング体制を整えることも、スキルが現場で定着しやすくなるポイントです。
個人の意欲を引き出す「内発的動機づけ」の重視
リスキリングでは、企業からの一方的な指示ではなく、従業員自身が主体的に学べる仕組みが何より重要です。一律の研修ではなく、従業員自身のキャリア志向や関心に合わせて学習コンテンツを選べる柔軟性を持たせると、自発的な取り組みを促せます。
さらに、学習成果や資格取得を人事評価や報酬に反映させる仕組みも欠かせません。リスキリングが個人のキャリアアップにつながると実感できるような体制を構築しましょう。
まとめ
リスキリングは、変化の激しい時代において企業の競争力を維持・強化するためには欠かせない取組です。単なる研修や一時的な学習施策ではなく、経営戦略と連動した長期的な人材育成として位置づけることで、企業と従業員の双方に持続的な成長をもたらします。
リスキリングを成功に導くには、経営層の明確なコミットメントと学んだスキルを実務で活かせる仕組みづくりがポイントです。これからの時代を見据え、リスキリングを企業文化として根付かせることで未来の事業成長につなげましょう。
従業員がリスキリングに安心して取り組むためには、学習時間の確保といった直接的な支援だけでなく、従業員が長期的に活躍できる「働きやすい環境」の整備も不可欠です。
こうした環境整備の基盤として、福利厚生の充実をあわせて検討することは、従業員のエンゲージメントや定着率の向上にも寄与します。
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従業員エンゲージメントを高め、組織を活性化する福利厚生とは
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よくある質問
リスキリングとは?
リスキリングとは、新しい職業に就くため、または求められるスキルの大きな変化に適応するため、必要なスキルを獲得する行為です。
リスキリングを詳しく知りたい方は、「リスキリングとは」をご覧ください。
なぜリスキリングが注目されている?
新しく生まれる職業・なくなる職業への対応や、労働力不足の解決にリスキリングは有効です。また、日本政府や経済産業省が推進している点も、リスキリングが注目を集める背景のひとつです。
リスキリングが注目される背景を詳しく知りたい方は、「リスキリングが注目される背景」をご覧ください。
監修 三戸部 裕司(みとべ ゆうじ)
東京大学を卒業後、Web系ベンチャー企業にて経営企画、営業、マーケティングなど多様な業務を経験。Webメディアの立ち上げから集客に携わる。その後、2022年より中小企業診断士として独立。事業再構築補助金、ものづくり補助金から小規模事業者持続化補助金、地方自治体の補助金制度まで幅広い支援実績を持つ。また、中小企業診断士の教育にも積極的に携わり、後進の育成に努めている。
