数字に基づく意思決定でコロナ禍の窮地から経常利益3倍のV字回復 創業120年の旅館6代目アトツギの変革

株式会社錦水館 代表取締役 武内 智弘様

課題
経営の課題をリアルタイムに把握事業承継に伴う財務状況の可視化

株式会社錦水館は「世界遺産宮島で、思い出づくりのお手伝いをしてお客様に喜んでいただきたい」という経営理念のもと、創業120余年の老舗旅館「錦水館」とホテル「宮島別荘」の2つの宿泊施設を運営。また、飲食やテイクアウト、ECなどの事業も展開されています。
6代目となる代表の武内智弘様は事業承継を転機として、財務と業務のデータに基づくデータ経営へと舵を切り、売上・利益ともに右肩上がりの成長を実現しています。


今回は、事業承継をきっかけにfreee会計を導入したことによる変化や、経営者に向けたDXのアドバイスまで、詳しくお話を伺いました。


事業承継後コロナ禍に直面、会社を潰さないためにデータ活用を模索

――武内様が家業を継ごうと思われた経緯を教えてください。

武内智弘様(以下、武内): 元々跡を継ごうと考えていたわけではないんです。ただ、忙しい時期は実家を手伝っていたので、おもてなしの仕事には親近感を抱いていました。そこで、自分に旅館業が向いているのか確かめたくて、大学卒業後に県内の宿泊施設で4年ほど修行しました。接客、フロントなどを経験する中で、お客様に心から「ありがとう」といっていただけるこの仕事にやりがいを感じたんです。そうするうちに、父から「そろそろ戻ってこないか」と声がかかり、跡を継ぐことを決めて錦水館に入社しました。
それから12年間、父のもとで旅館・ホテルの運営に携わり、2019年に社長に就任しました。2018年に過去最高の売上を記録したこともあって、父は業績が好調なうちに、社長を譲ろうと考えたのだと思います。


――しかし事業承継された半年後、コロナショックに見舞われたのですね。

武内: はい、いきなり経営危機に直面しました。コロナ禍によって、宮島の来島者数は6割減となり、お客様がほとんど来なくなりました。旅館業は人件費をはじめとする固定費が大きく、毎月5000万円ずつキャッシュアウトするという危機的状況に陥りました。
代々続けてきた会社を絶対に潰さないという決意を持ちながらも、このままではもたない…という危機感がついてまわる毎日でした。


――会社を潰さないためにどのようなことに取り組まれましたか?

武内: 資金繰りをどうするかが当座の課題でした。手元のキャッシュを増やすために銀行交渉を行うのですが、そのためには経営状況をスピーディーに伝える必要があります。しかし、当時の会計システムでは月次決算が締め日から1ヶ月遅れてしまうため、経営状況をリアルタイムに把握することが困難でした。


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freee導入で財務状況をリアルタイムで把握するとともに、データ経営にシフト

――freeeを導入される以前に抱えていた課題は何でしたか?

武内: freeeを導入する前は、オンプレミス型の会計ソフトを使っていました。会計情報は税理士と経理担当者しか見ることができず、会社の業績を確認するには、税理士事務所から1ヶ月以上遅れて届く報告まで待つ必要がありました。
コロナ禍以降、激しい環境変化が続く中で、経営判断が遅れることは非常に大きな問題です。リアルタイムで会社の状況を把握し、即座に次の手を打つための仕組みが必要でした。また、経理担当者の実務も限界近くに達していたと思います。
こうした課題を解決するために、クラウド型の会計システムに切り替えようと考えていた頃に、知り合いの経営者から「freeeはいいよ」と聞いて、興味を持ちました。


――経理担当者の三浦様、freee導入前の経理業務はどのような状態でしたか?

三浦様(以下、三浦): 私が錦水館に入社した当時は、請求書が段ボール箱からあふれそうな状態で、帳簿記帳の量が半端ではなかったです。それに社内のあちこちから宿泊予約の入金の問い合わせが何度も来るので、対応するだけで精一杯でした。繁忙期は、最終のフェリーが出る直前まで残業して対応していました。


――経理処理はどの部分に時間がかかっていましたか?

三浦: 請求書を部署別に仕訳する作業と、納品書と請求書の突合せに時間がかかっていました。2棟の宿泊施設に加えて、飲食店や売店などもあるため、取引先がとても多く、仕訳は大変でしたね。こうした業務に追われる毎日の中で、電子帳簿保存法への対応も必要になるため、対応の限界を感じていました。


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――freeeを導入して変化したことはありますか?

三浦: freeeを使って請求書を作成することで、経理が請求を把握しやすくなりました。また、入金があった際はステータスを入金済にして社内で閲覧できるようにしたため、経理に入金を聞いてくる社員がほぼいなくなりました。経理業務全体の生産性が上がったのは間違いないです。


――freeeの導入に苦労されたと伺いました。

三浦: 長年の会計事務所の経験から様々な会計システムを使ってきたので、どんなシステムでも大丈夫という自信がありました。
ただfreeeは仕訳の感覚がまったく違ったので、慣れるまではとにかく大変でした。
税理士事務所に導入支援をお願いしましたが、最初の打ち合わせの3回ほどは何を言っているかわからなくて、「これは無理です」と社長に言いかけたほどです。でも、税理士事務所の方が「僕も最初はわからなかったんですよ」と言ってくれたことをきっかけに、意識を切り替えて理解していきました。
また、サポートの方にこれまでの仕訳形式の入力画面でできることを教えてもらい、費用や未払金といった形で出せるようにしていただいた時に、見やすいと感じたことも大きかったですね。


――経営面でも、freeeによる変化はありましたか?

武内: 会計情報が「後から分かる結果」ではなく、「会社の意思決定のもとになる判断指標」に変わりました。部門損益などをリアルタイムに把握できるようになったことで、どこに投資するか、どの商品をやめるかといった意思決定のスピードが格段に上がりました。
さらに私だけでなく、支配人やマネージャーなど幹部もP/Lを確認できるようにしたことで、自分の部門のリアルな数字を毎日見るようになり、経営に対する当事者意識が大きく変わりました。


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――副支配人の西谷様はいかがでしたか?

西谷様(以下、西谷): 導入以前は、経理に問い合わせないと数字がわからないし、なかなか頻繁には聞けていませんでした。その結果、現状の課題やその原因に気づくのが遅れ、改善の打ち手が遅れてしまって、利益が減ってしまうことがありました。
しかし、会計システムが変わったことで毎日数字を確認できる環境になると、例えば何か異常値が出ていたり、進捗が良くなかったりすると、すぐ気づいて手を打てるようになりました。 それと、月例会議が大きく変わりました。以前は過去の結果の報告で終わっていたのですが、これからの未来の施策について議論するようになりましたね。


会計データと業績データを組み合わせ、お客様満足が高い事業に優先して投資

――錦水館様はfreeeの会計データをはじめ、各種データの見える化を進めてこられました。こうしたDXを進める理由は何でしょうか?

武内: 先代は長年の経験をもとに経営方針を定め、会社を牽引してきました。ただ、私は従業員と目標を共有して、協調的に進める方が、より大きな成果を挙げられると考えています。経営判断を行う際に、客観的で根拠のある、社内も納得感のある指標が必要だと考えたため、幹部への会計情報の共有を始めたのです。
なお、データはそのまま見せるのではなく、BIツールを使って直感的に分かりやすい情報に整えて共有しています。これによって、部門別の売上実績とP/L、B/Sを連携して把握できるようにしました。


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――DXによってどのような成果が挙がっていますか?

武内: かつては売上至上主義な面があったのですが、事業を利益で評価して、改善できる土壌が生まれました。
例えば錦水館内の飲食店では、ランチ時に30種類のメニューを提供していましたが、お客様がメニューを選ぶ時間や提供までの時間が長く、食材ロスも発生していました。そこで、データに基づいてメニューを大胆に絞り込み、売りたい商品・売れる商品だけ写真を掲載して、お客様が注文に悩む時間を減らしました。その結果、ランチ時の回転数が上がり、売上は2倍になりました。
また、宿泊部門ではお客様アンケートの入力・集計やライバル情報の収集を自動化したことで、年間120時間の削減を実現しています。


こうしたデータの可視化と選択的な投資を行った結果、コロナ前の業績と比べると、粗利益率は77%から85%へ改善し、経常利益は3倍となるV字回復を達成できました。


――DXを進めることについて、従業員のみなさんの反応はいかがでしたか?

武内: 最初は「DX」と聞いても、みんな頭の中が「?」となっていましたね。でも、マネジメントゲームを受けることを制度化して、数字を現場で活用することが当たり前な環境を作り上げていきました。システムの活用が、結果的に現場の業務を楽にすることを丁寧に話し合ってきたので、大きな抵抗はありませんでした。


――DXによって、従業員の意識や行動に変化は生まれていますか?

武内: 自分たちでデータを見て、それぞれの権限において意思決定をする習慣が付いてきました。数字改善の施策をスピーディに実行し、その結果が表れることが、モチベーションを高めることにつながっています。
全社的には、毎日の朝礼で業績発表を行うことで、数字に対する意識が変わりました。また幹部は毎月の月例会議で、取り組んだ行動を数字をもとに発表するので、効果測定と戦略策定がスムーズになりました。


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――現場の具体的な変化について、西谷様の視点から見ていかがですか?

西谷: 目標とする数字の達成状況はそれぞれに伝えているので、そのために自分に何ができるかを考えて、現場から改善案のアイデアが上がってくるようになりました。若いスタッフは、自分の案が採用されると嬉しそうにしていますよ。
日常業務においても、数字を元に単価を考えたり、1日の売上目標を調整したり、経費削減につながる工夫をしたりと、主体的に行動する動きにつながっています。

経営理念を受け継ぐ一方で、経営戦略は時代に合わせて変えていくことが大切

――事業にかける想いやこれからの展望をお聞かせください。

武内: 宮島には、まだまだ知られていない魅力がたくさんあります。それらを多くの方に「思い出」として持ち帰っていただきたい。この「おもてなし」の心は、先代から変わらず錦水館が大切にしてきた想いです。
一方で、時代とともにお客様のニーズは多様化が進んでいます。顧客満足を高めるために、露天風呂付き客室への改装、飲食メニューの充実など、さまざまな施策を行ってきました。こうした改革を支えているのが、DXによるデータ活用、そしてデータに基づく経営の意思決定です。
「おもてなし」の心を受け継ぎながら、経営スタイルは時代に応じて柔軟に変えていくことが、私なりの事業承継だと考えています。
錦水館の5年後の目標は、売上30億円です。その実現には、DXをさらに推進し、顧客創造と業務効率の両方を実現することが欠かせません。データという共通言語で全社一丸となって、次の100年を創っていきます。


――これからDXに取り組もうと考えている経営者の方に、アドバイスをお願いします。

武内: 現在の経理や総務のシステムを一度に導入しようとしても、なかなかうまくいかないと思います。「理想のDX」を追いかけるのではなく、現場の実務に合わせて、段階的に導入することが大切だと思います。
最初は経営者自身がデジタルツールを使ってみて、何をどのように効率化できるのか、どんな効果が生まれるのかを体験してみると、DXに取り組む価値を説明しやすいですね。
その上で、まずは幹部社員に展開して、DXの価値を実感してもらえば、会社全体に浸透させやすいと思います。


株式会社錦水館


掲載日:2025年11月1日


Company Profile

株式会社錦水館
URL:https://www.kinsuikan.jp/


事業内容

創業120余年の老舗旅館「錦水館」、ホテル「宮島別荘」の施設運営、飲食店、売店、ECの運営

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