
健康経営とは、従業員の健康管理を経営的視点で考える手法です。従業員の健康を管理・増進することは、会社にとって一つの「投資」です。現在、大企業から中小企業まで、さまざまな会社で健康経営が注目され、導入する企業が増えています。
本記事では、健康経営のメリットや導入方法、取り組み事例などを紹介します。企業の経営者や人事労務担当者は、ぜひ参考にしてください。
目次
健康経営とは?
健康経営は、従業員の健康管理や健康増進のための取り組みを、経営的視点で考える新しい経営手法です。
以前は、従業員の健康管理は自己責任であり、企業にとってコストだと考えられていました。しかし、現在、従業員の健康づくりは企業において「投資」だと捉えられています。健康経営に取り組むことで、生産性向上といったリターンを期待できると、健康経営は注目を集めるようになりました。
また、健康経営は、法令遵守とリスクマネジメントという観点から見ても有効な手法です。
2013年から国レベルでの普及推進が行われ、健康経営に取り組む企業が増加しています。実際に健康経営に取り組む企業からは、生産性や業績の向上・組織の活性化・企業価値のアップなど、さまざまな効果を実感しているという声が上がっています。
健康経営が注目される背景
健康経営に注目が集まった背景には、次の4つの理由が挙げられます。社会問題の解決だけでなく、企業を持続的に発展させるために有効な手法として「健康経営」が注目されています。
生産年齢人口の減少と従業員の高齢化
日本の人口は減少傾向にあり、とくに企業活動を支える生産年齢人口の減少は深刻です。これに伴い、多くの企業で働き手の確保が難しくなっています。
生産年齢人口とは、15歳〜64歳の労働の中核的な人口のことで、社会保障制度を支えている層です。生産年齢人口は2023年1月1日時点で約7,226万人ですが、今後さらに減少していくと推測されています。
また、少子高齢化の進行により、企業の従業員構成も高齢化が進んでおり、従業員一人ひとりの健康状態が、企業全体のパフォーマンスに与える影響が大きくなっています。
こうした状況下で、健康リスクを抱える従業員が増加すれば、欠勤や休職が増え、労働力の低下に直結します。限られた人材の能力を最大限に引き出すためにも、従業員の健康維持・増進は重要な課題といえるでしょう。
出典:総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数のポイント」
深刻な人手不足
前述した生産年齢人口の減少に伴い、特定の業種や職種では慢性的な人手不足が深刻化しています。人材確保の競争が激化する中で、企業が優秀な人材を確保し、定着させることは喫緊の課題です。
健康経営は、従業員が心身ともに健康で安心して働ける環境を提供することで、企業の魅力を高め、優秀な人材の獲得や離職率の低下につながる有効な手段としても期待されています。従業員が健康で活き活きと働ける企業は、求職者にとって魅力的な選択肢となります。
国民医療費の増加
少子高齢化の進展は、国民医療費の増加にも大きく影響しています。医療技術の進歩や高齢者の増加に伴い、医療費は年々増加の一途をたどっており、健康保険料の上昇などが企業の負担増にもつながっています。
従業員の健康状態が悪化すれば、医療費の増加だけでなく、病気による休職や離職が増え、企業にとっても大きな損失です。健康経営によって従業員の健康状態を改善し、疾病予防や重症化予防を進めることは、医療費の抑制に貢献するだけでなく、企業の経済的な負担軽減にも効果を発揮します。
ワークライフバランスの推進
近年、働き方改革の推進とともに、ワークライフバランスの重要性が叫ばれています。従業員が仕事と私生活の調和を図り、健康で充実した生活を送ることは、エンゲージメントやモチベーションの向上につながります。
長時間労働の是正や柔軟な働き方の導入といった取り組みに加え、従業員の健康管理をサポートする健康経営は、ワークライフバランスを実現するための基盤になります。従業員が心身ともに健康であれば、仕事のパフォーマンスも向上し、結果として企業全体の生産性向上が期待できるでしょう。
健康経営のメリット
健康経営による主なメリットは、以下のとおりです。
健康経営の主なメリット
- 生産性アップにつながる
- 医療費を削減できる
- 優秀な人材を確保できる
- 企業価値が上昇する
4つのメリットについて、以下で詳しく説明します。
生産性アップにつながる
従業員の健康意識を高めるセミナーの実施や、生活習慣を改善するためのイベント開催などにより、従業員の疾患・事故リスクの軽減が期待できます。また健康経営に取り組む企業は、有給取得率や有給取得日数が高い傾向にあります。
心身ともに健康な状態の従業員が増えれば生産性が向上し、職場の活性化につながります。
医療費の削減につながる
定期的な健康診断やメンタルケアなど、日頃から従業員の健康を管理すれば、疾病やケガの予防になるため医療費を抑えられます。
企業が保険者へ納付する保険料額(保険料率)は、保険者(協会けんぽの場合は都道府県ごとの)財政によって毎年改定されます。
健康経営が進み一人ひとりにかかる医療費を抑えられれば、保険者は保険料率を調整することになり、結果的に企業側の健康保険料の負担軽減が期待できるでしょう。
優秀な人材を確保できる
健康経営を導入するメリットのひとつとして、「人材の確保」が挙げられます。
経済産業省の資料によると、就活生および就職を控えた学生の親に対するアンケートで、「従業員の健康や働き方への配慮」を就職先に望む人は少なくありません。
健康経営に注力していることが企業のイメージアップにつながり、就活生からの応募の増加が期待できます。また健康経営度の高い企業は、離職率が低い傾向にあるため、優秀な人材と長期的な雇用関係を築くことが可能です。
出典:経済産業省「健康経営の推進について」
企業価値が上昇する
健康経営に取り組むことで、次のように多様なステークホルダーから評価を得られます。
ステークホルダーからの評価
- 労働者や取引先から信頼される
- 金融機関からの信用、投資家から成長を見込まれる
- 商品やサービスを消費者から選好される
また経済産業省の資料によれば、健康経営を開始した年を「0」として、前後の売上高営業利益率を比べると、健康経営実施後に好転しています。

さらに、健康経営は、企業が社会に対して果たすべき責任であるCSRや、国連が定めた17の持続可能な開発目標であるSDGsとも関連します。
CSRの観点には、環境保護や社会貢献のほか、従業員の健康を重視する視点も含まれます。
SDGsの目標の中には「すべての人に健康と福祉を」「働きがいも経済成長も」といった内容が盛り込まれており、健康経営の取り組みはこれらの達成につながるものと考えられます。
健康経営の導入方法
健康経営は、以下の手順で導入しましょう。
健康経営の導入手順
- 経営理念・方針への位置付け
- 組織体制づくり
- 制度・施策の実行
- 健康保険組合などとの連携
- 取り組みを評価
1.経営理念・方針への位置付け
健康経営を成功させるには、経営層がその重要性を理解し、経営戦略の重要な柱の一つとして位置づけることが不可欠です。トップコミットメントこそが、健康経営を推進するうえでの最大の原動力になります。
現場任せにするのではなく、「従業員の健康は会社の財産である」といった考え方を経営理念や行動指針に明確に盛り込み、社内外に発信することで、全社的な取り組みとして推進する意識を高める必要があります。
2.組織体制づくり
健康経営を推進するための組織体制を構築するうえでは、経営層の直下に担当部署を設置したり、衛生委員会や安全衛生委員会を活用したりと、企業規模や体制に合わせて柔軟に設計することが重要です。
産業医や保健師、人事部門、現場の責任者などが連携し、それぞれの役割を明確にして取り組みを進められるようにします。また、従業員の中に責任者を設定し、従業員全体を巻き込んでいきましょう。
3.制度・施策の実行
具体的な健康経営に関する制度や施策を計画・実行します。たとえば、従業員の健康課題を把握するための健康診断やストレスチェックの実施、その結果に基づいた保健指導や面談を行いましょう。
さらに、運動習慣の促進(ウォーキングイベント、運動施設の利用補助など)、食生活の改善支援(ヘルシーメニューの提供、栄養セミナーなど)、メンタルヘルス対策(相談窓口の設置、EAPの導入など)、長時間労働の是正、禁煙支援など、従業員の多様なニーズに応じた施策を展開します。
従業員の意見を反映させながら、参加しやすい、効果的な施策を企画・実施することが重要です。
4.健康保険組合などとの連携
健康経営は、企業内の取り組みとするのでなく、加入している健康保険組合や産業保健センターなどの外部機関と連携するとより効果的です。
健康保険組合は、加入者の健康診断データや医療費データなどを保有しており、これを分析することで、従業員の健康課題をより詳細に把握できます。また、健康増進のためのプログラムやセミナーを提供しているケースもあるため、これらを活用することで、自社だけでは実施が難しい専門的な支援も行えます。
5.取り組みを評価
実施した健康経営の取り組みが、従業員の健康状態や企業の業績にどのような影響を与えているかを定期的に評価しましょう。
健康診断結果の変化、ストレスチェックの結果、医療費の推移、アブセンティーイズム(病欠)やプレゼンティーイズム(体調不良による生産性低下)の状況、従業員のエンゲージメントなどを指標として設定し、定量的に分析していきます。
評価結果に基づき、取り組み内容の見直しや改善を行い、より効果的な健康経営を追求していきます。PDCAサイクルを回すことが、持続的な健康経営の実現には欠かせません。
健康経営優良法人認定制度
経済産業省は健康経営に関して、下記の通り顕彰制度を設けています。優良な健康経営を実施している法人を「見える」化し、社会的評価を与えるという制度です。
健康経営優良法人認定制度
- 健康経営銘柄
- 健康経営優良法人・ホワイト500
- 健康経営優良法人・ブライト500
2025年3月11日に発表された「健康経営優良法人2025」には、大規模法人部門で2,988法人(うちホワイト500が500法人)、中小規模法人部門で22,316法人が認定されました。過去最多の認定数となっています。
上記の制度について、それぞれ詳しく見てみましょう。
出典:経済産業省「『健康経営優良法人2025』認定法人が決定しました」
健康経営銘柄
健康経営銘柄とは、企業価値の向上を重視する投資家にとって魅力ある企業として紹介をする制度です。対象は東京証券取引所の上場会社で、企業による「健康経営」の取り組みの促進を目指しています。
「健康経営銘柄2025」で、評価のポイントとなる5つのフレームワークは次の通りです。
5つのフレームワーク
- 経営理念・方針
- 組織体制
- 制度・施策実行
- 評価・改善
- 法令遵守・リスクマネジメント
「③制度・施策実行」では、以下の項目から総合的に判断されます。
制度・施策実行で判断基準とされる項目
- 従業員の健康課題の把握と必要な対策の検討
- 健康経営の実践に向けた土台づくり
- 従業員の心と身体の健康づくりに関する具体的対策
なお健康経営銘柄に選出された企業は、健康経営を普及拡大していく「リーディングカンパニー」としての役割を担います。
健康経営優良法人・ホワイト50
健康経営優良法人とは、地域の健康課題に適した取り組みや日本健康会議が進める健康増進の取り組みをもとに、優良な健康経営を実践している企業を顕彰する制度です。
大規模な企業が対象の大規模法人部門で上位500社に入ると、「ホワイト500」の冠が付加されます。
選ばれた企業には、グループ会社全体・地域の関係企業・取引先・従業員の家族などに健康経営を普及拡大していく「トップランナー」の役割が求められます。
健康経営優良法人・ブライト500
健康経営優良法人のブライト500とは、中小規模の企業などが対象となる「中小規模部門」で、上位法人に付加される冠です。
健康経営を全国に広めるためには、地域の中小企業の取り組みが不可欠です。政府は、健康経営に取り組む中小規模法人を積極的に認定することで、地域の健康経営の拡大を図っています。
なお、健康経営優良法人に認定されると、「健康経営優良法人」のロゴマークを使用できます。
健康経営の取り組み事例
ここで、健康経営銘柄および健康経営優良法人に認定された企業の具体的な取り組みを見てみましょう。
健康経営の顕彰制度 | 取り組み事例 |
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健康経営銘柄 | ・ヘルスリテラシー向上を目的とした、女性特有の健康課題と生活習慣病予防対策のイベントを実施 ・社員と家族の健康維持・増進を目的とした、健診受診後の二次検査受診率の向上や人間ドックの対象年齢の拡大、不妊治療と就労の両立支援、認知症保険の導入 ・健康アプリを利用したウォーキングイベント年2回開催 |
健康経営優良法人 (中小企業) | ・管理栄養士監修のメニューから選択できる社員食堂を設置し、サラダバイキングも毎日実施 ・従業員の心の健康を考えてパート社員も取得できるバースデー休暇を導入 ・従業員が働きやすい環境を整備するためにAWB(アクティビティベースドワーキング)を導入し、部署の垣根を超えたコミュニケーションを醸成 |
従業員の健康に関して、目指すべき姿や解決すべき課題は企業ごとに異なります。会社に必要な施策を講じるためには、健康状態の把握やデータ管理、課題発見を丁寧に行うことが大切です。
まとめ
従業員の健康を管理・改善することは、企業にとってメリットが多いため、健康経営に取り組む企業が増えています。
導入にあたって、経営理念の設定や組織づくりをしっかり行うことがポイントであり、また従業員の健康状態の把握および課題発見が重要です。
よくある質問
健康経営とは?
従業員の健康管理を、経営的視点で考える新しい経営手法です。
健康経営について詳しく知りたい方は、「健康経営とは?」をご覧ください。
健康経営のメリットは?
生産性の向上、人材確保、企業価値の上昇といったメリットがあります。
健康経営の導入によるメリットを知りたい方は、「健康経営のメリット」をご覧ください。