東京都品川区を拠点に、介護老人保健施設(老健)、デイサービスなど幅広い高齢者福祉事業を展開する社会福祉法人さくら会。来年で27周年を迎える同法人は、地域に深く根ざした信頼できる施設として親しまれています。一方で、バックオフィスには「ハンコと紙」を中心とした重い契約実務が根強く残っていました。わずか「50円の値上げ」で入所契約を巻き直す負担や、カーボン紙との格闘、サイン漏れへの焦燥感は、現場の大きなプレッシャーでした。
こうした不毛な手続きを脱するべく、同法人が舵を切ったのが電子契約ツール「freeeサイン」の導入です。現場主導でスムーズに定着を進めた結果、導入わずか2ヶ月半で100件超の電子締結を達成。月15時間あった手続き時間を7時間へと半減させました。
今回は、経営企画を統括する福島常務理事、総務部長の小澤さん、所長の若穂井さん、支援相談主任の松島さんに、導入前の課題から劇的な成果、そして生まれたゆとりを利用者様へ注ぐDXの真の価値について詳しく伺いました。
机に広がる大量の紙とカーボン紙。ご家族を待たせ、「サイン漏れ」に怯えていた1時間
導入前の入所契約の手続きは、具体的にどのような状況だったのでしょうか。
若穂井さん:まさにアナログの極みでしたね。机いっぱいに山のような書類とカーボン紙(複写紙)を広げて、終わらない手書きによる契約作業を続けていました。
松島さん:本当にそうでしたね。ご家族に何度も何度も同じお名前や住所を書いていただくので、目の前で1時間以上もお待たせしてしまうこともざらでした。入所利用契約書だけでなく、個人情報利用同意書、カメラ撮影同意書など、複数の書類があり、利用者さんに何箇所もサインをしていただく必要があったのです。
現場のスタッフの方々は、当時どのような思いでその作業に向き合われていたのですか。
若穂井さん:「どこか1箇所でもサイン漏れがあったら、平謝りで電話をして判子をもらいに行かなければならない」という強いプレッシャーを常に抱えていました。
松島さん:事務負担もさることながら、そうした現場の焦燥感やご家族への申し訳なさが一番の課題でしたね。本来であれば施設についての丁寧なご説明や、利用者さんのご様子についてゆっくりお話しできる時間であるべきなのに、書類作業に追われてしまっていました。その上、コピー機で関係書類を印刷するために「ちょっとお待ちください」とご家族をお待たせしていたのです。
50円の値上げで「もう一度、判子を」。法改正に振り回される、形骸化した契約の虚しさ
福祉業界ならではの契約の難しさや、理不尽さを感じる瞬間はありましたか。
松島さん:介護保険制度の改定や、例えば食費の「50円の値上げ」といったわずかな改定のたびに、法律上、すべての入所者様のご家族と契約を結び直さなければなりません。
若穂井さん:そのわずかな変更のためだけにまた分厚い書類を用意し、施設にお越しいただいたり、ご自宅まで走って判子を求めに行ったりするという不毛さがありました。
ご家族からは「説明はいいからどこに判子を押せばいいの?」と言われる始末で、丁寧な合意形成という本来の意味を失っていました。ルールを守るための事務作業に、あまりにも多くのエネルギーが奪われていく虚しさがありましたね。
PDFに署名枠を貼る直感性と、対面で伝わった熱量。機能美だけで選ばないシステム選定
数ある電子契約システムの中から、なぜfreeeサインを選定されたのでしょうか。
福島さん:4社のプロダクトを比較検討しました。その中で、freeeサインの一番の決め手は、今使っているWordやPDFの契約書フォーマットをそのまま取り込んで、簡単な操作だけで直感的に署名枠を貼り付けられる点です。
他社製品の中には、より強固な機能を持つものもありました。しかし介護施設として「何億円もの契約をするわけではない」という現実を考えると、そこまで高機能である必要はないのです。むしろ現場が簡単に使いこなせることのほうが重要でした。
小澤さん:ITに不慣れなスタッフでも「これなら今すぐ使える」と思える画面設計でしたね。デモを見た瞬間に確信しました。
もう一つ大きな理由があります。施設まで営業担当の方が何度も直接足を運んでくださり、画面越しでは伝わらない熱意と安心感を持って伴走してくれたことです。
人と人との信頼を重んじる私たちにとって、非常に大きくて温かい後押しとなりました。
「3者間契約」の壁を乗り越える。まずは老健から変えていく、現場の創意工夫
導入にあたって現場の混乱や、福祉特有の課題はどのように乗り越えましたか。
若穂井さん:福祉の契約は「本人、引受人、立会人」といった複雑な3者間契約が多く、これが電子化の大きな壁でした。
紙ベースでは、署名欄に線を引いて「この方は立会人です」と区別することができていました。しかし電子契約では、その柔軟性を実現するのが難しかったのです。そこで現場でアイデアを出し合い、それぞれの属性に合わせた3種類のシンプルな雛形を切り分ける工夫でクリアしました。
全体へ一気に広げず、段階的に導入されたのはなぜでしょうか。
福島さん:急いで入れて現場が混乱して潰れてしまったら本末転倒ですからね。まずは一番困っていた「老健」からスモールスタートさせました。
2ヶ月半で100件超の電子契約を達成。待ち時間も心理的負担も大幅削減
freeeサインの導入後、実務にはどのような具体的な成果が出ましたか。
松島さん:導入からわずか2ヶ月半で100件を超える電子契約をスムーズに締結でき、月間で合計15時間ほどかかっていた手続きの事務作業が一気に7時間程度と半減しました!
それぞれの書類を一つずつ説明して、複数回のサインをもらう…という流れが、タブレット一台でスクロールしていけば完結するようになったことの効率性は本当に大きいです。
若穂井さん:これまで手動で更新していた「契約取得状況」の管理も完全に不要になりました。何より、サイン漏れのプレッシャーから解放されたスタッフの精神的な負担が大きく減ったのが一番の成果です。紙ベースの時は「どこか漏れていないか」という不安が常につきまとっていましたが、システムが順番に表示してくれるので、その心理的負担がなくなったのです。
ご家族の反応や、面談の雰囲気に変化はありましたか。
松島さん:タブレットを一緒に見ながら進め、5秒で完了メールが届くスマートさに、ご家族からも「施設も電子になっていく時代よね」と好意的な声をいただいています。コピー機の前でお待たせする申し訳なさもなくなり、温かい面談の時間を過ごせるようになりました。入所という人生の大きな決断の場面で、施設への信頼感を高める時間になっているんだと思います。
機械に任せて時間を生み、人は「人にしかできないケア」に注力する
今回のDXを成功させてみて、改めて「業務効率化」の真の目的は何だと感じますか。
福島さん:コスト削減ではなく、職員の「心のゆとり」を創るためです。機械に任せられる事務負担を無くすることで生まれたゆとりを、ご利用者さんが歩んできた「生活歴」を深く紐解き、寄り添う時間に充ててほしい。介護の質は、こうした「人間にしかできない」関わりの中にあるのです。
松島さん:浮いた30分の時間で、ご利用者さんの生活歴についてゆっくりお話を伺うことができれば、個別性に配慮したケアプランが作成できます。効率化の先にある心のゆとりこそが、私たちのケアの質を高める原動力になりますね。
いまだデジタル化への一歩を踏み出せないでいる同業他社の方々へメッセージをお願いします。
小澤さん:最初は不安かもしれませんが、誰かが音頭を取って一歩を踏み出せば、「変えて良かった」と思える日が必ず来ます。
スモールスタートで成功事例を作り、そこから横展開していく。その過程で、現場のスタッフ自身が「変えて良かった」という実感を持つことが大切です。
福島さん:お客様の負担を減らそうと模索した結果が、職員の笑顔を守ることにも繋がる。この好循環をぜひ多くの施設にも体験していただきたいですね。
