新潟県佐渡市で130年以上の歴史を持つ尾畑酒造株式会社。代表銘柄「真野鶴」などで知られる同社では、家業を次世代へつなぐため、後継者夫婦が東京でのキャリアを経て参画しました。東京の「当たり前」を知る二人が直面したバックオフィスの課題をいかに刷新し、持続可能な酒造りの土台を構築したのか。和田 麻帆 氏、和田 航季 氏、平島健社長の3名に話を伺いました。
「家業のために、私生活を諦めない」産休のタイムリミットで着手した、持続可能なチーム経営への第一歩
まず、会社を継ぐために帰郷されたと伺っています。その経緯を教えてください。
和田 麻帆 氏(以下、麻帆):以前から父に「もし継がないのであれば、将来的に売却(M&A)も視野に入れなければならない。準備もあるから向こう5年ほどでどうするか決めてほしい」と言われていました。継ぎたいという強い意志が最初からあったわけではないのですが、将来を共にできるパートナー(現在の夫・航季氏)に相談しました。
当時、彼は海外で働きたいという意欲が強かったのですが、私の母から「家業を通じて世界を相手に活躍できる」という話を聞き、興味を持ってくれました。また、私自身も両親が「学校蔵」など新しい挑戦を続けている姿を見て、家業が持つ魅力やポテンシャルの大きさに気づき、二人で佐渡へ戻る決断をしました。
※尾畑酒造が2014年に佐渡島の廃校を二つ目の酒蔵として再生。佐渡の自然環境を生かした佐渡でしか出来ない酒造りと交流事業を行っている。
実際に家業へ参画されて、当時のバックオフィス業務にはどのような課題を感じましたか?
麻帆:一言で言えば、業務ルールが明確に定まっておらず、非常に属人化された状態でした。販売管理や請求書発行、出荷管理にいたるまでマニュアルがなく、すべてが「口伝」の慣習頼み。理由を尋ねても「今までこうしてきたから」という作業ばかりで、これでは新しい人が入った際の引き継ぎや立ち上がりが非常に困難であると感じました。
特に変化が必要だと感じたのは勤怠管理です。記録の残し方に不安があり、残業申請も紙ベースだったため、管理体制の適正化や、将来を見据えたコンプライアンスの強化が急務であると懸念しました。業務自体もバックオフィス全般を担う担当者1人に集中しており、その人がいなければ業務がまわらないという環境を変えることが、最初の大きな課題でした。
そこから、なぜ「今すぐ変えなければいけない」と決意されたのでしょうか。麻帆さんを突き動かした背景についてお聞かせください。
麻帆:私は幼少期、親が本当に休みなく忙しく働いている姿をすぐ近くで見ていました。学校終わりは家に誰もいなかったので、ずっと会社に帰っておばあちゃんやおじいちゃんに面倒を見てもらっていたんです。家業は大切ですが、だからといって自分のプライベートや家庭の時間を犠牲にする働き方はしたくない、自分の子供に寂しい思いをさせたくないという家庭像がありました。
佐渡に帰郷して数か月が過ぎ、日々さまざまな課題に直面し何から手を付けたら良いか迷っていたときに、私の妊娠が分かりました。そのことで「自分が現場を離れていても会社が安全かつ自律的に回り続ける仕組みを作りたい」という思いが強まりました。
また、会社の進化の一歩として「目に見える形で従業員の方に変化を感じてもらいたい!」と思っていたので、産休に入るという明確なタイムリミットができたことで、freeeによるバックオフィスの刷新という重要な課題に、スピード感を持って取り掛かることができました。
AIチャットサポートと人による伴走支援のハイブリッド。デジタルツールに慣れていない担当者にも心強いサポート
課題解決のプラットフォームとして、最終的にfreeeを選ばれた理由を教えてください。
麻帆:他の会計ソフトも検討したのですが、専門知識がないと操作が難しく、現場が使いこなすイメージが湧きませんでした。私自身も会計の実務経験がなかったため、いかに直感的に使えるかという「画面のわかりやすさ」が最優先でした。freeeは初心者でも迷わず操作できるUIだと感じました。
また、今回は会計だけでなく勤怠管理の適正化も同時に解消したかったため、別々のソフトを組み合わせるよりも、データがそのまま連携できるfreeeで一元化する方が、運用の手間に加え、契約書管理など将来的な拡張の面でも最適だと判断しました。
産休・出産直後という大変な時期での導入でしたが、サポートはいかがでしたか?
麻帆:私はfreeeのAIチャットサポートを徹底的に活用していました。育児の合間などの隙間時間に質問をすれば、その場ですぐに解決方法を教えてくれたため、作業が滞ることなくスムーズに進めることができました。
一方で、一緒に参加してくれた実務担当者にとっては、定期的に画面を動かしながら相談できる「人による導入支援サポート」が非常に心強い存在でした。人に聞きながら一緒に操作したり、後で確認できるように進めたりする導入支援の時間があって良かったと思います。
自分で調べながら進められる人にはAIチャットサポートが便利ですし、慣れていない人には、人が伴走してくれるサポートがあると安心できる。両方あることで、導入を進めやすくなったと思います。
現場への展開や定着はどのように行いましたか?
麻帆:社内にチャットツールがなかったため、現場への展開時には、私のスマホ画面を録画して「こうやって残業申請をします」という動画マニュアルを作成し、YouTubeで共有しました。動画のおかげで現場の社員の方たちも心理的抵抗なく、丁寧な個別フォローなしでスムーズに使い始めてくれました。誰か1人に頼りきらない体制を構築できたことが、これからの尾畑酒造の土台になると思っています。
デジタルマーケティングの手法で、職人の「勘と経験」をデータ化し再現性を高める
ここからは航季さんに伺います。前職のデジタルマーケティングの世界から伝統的な酒造りに飛び込まれ、どのような違いを感じていますか?
和田 航季 氏(以下、航季):前職は1ヶ月単位でプロダクトや仕様が変わる変化の激しい環境でしたが、酒造りは季節や時間をかけて職人の経験に向き合う、時間の流れ方が異なる世界です。この造りのこだわりをそのまま販売活動や情報発信に活かしていく一気通貫の形こそが、今の時代に必要と感じて現場に入りました。造り手のこだわりや、佐渡で酒を造る意味を、自分の言葉で伝えていくことはすごく大事だと感じていますし、酒造りの背景まで含めて届けられるようになりたいですね。
現在、私は前職で培った「データを蓄積してトライ&エラーを繰り返し、再現性を高める」という手法を酒造りに取り入れています。例えば、米の水分量を管理する「浸漬(しんせき)」という重要な工程において、これまでは職人の「経験」と「勘」に頼っていた部分を、すべて数値化して記録に残しています。杜氏ほどの経験がない自分が、早く一人前になり、かつクオリティの再現性を高めて世界と戦うためには、このデータの蓄積が不可欠です。
麻帆さんが主導された freee によるバックオフィスの変化は、どのように評価されていますか?
航季:旧来の勤怠管理による「見えない負担」が解消されたのは非常に大きいです。「前のやり方に戻してほしい」という声はなく、社内の仕組みが確実にアップデートされています。
freeeの導入によって人件費や現場の稼働状況がリアルタイムに可視化され始めたことは、単なる効率化にとどまらず、製造現場での品質向上のための設備投資など、攻めの経営判断を下す上で重要な役割を果たしてくれると考えています。
誰もいない島にしないために。「四宝和醸」の精神と、持続可能な働き方を次世代へ託す
平島社長も「外から入ってきた後継者」というお立場ですが、娘さん夫婦が進める業務の見直しをどうご覧になっていますか?
平島 健 氏(以下、平島):非常に頼もしく、改革を全面的に任せています。彼らは東京の大企業の「当たり前」を見てきたからこそ、地方の小規模な会社に入った時に「これって無駄だよね」とすぐに気づくことができる。大きい会社のやり方をそのまま持ち込むことはできませんが、現場に寄り添いながら、そうした無駄を省き、省力化を進めてくれるのは非常に良いことです。
私の先代の時代は「365日休みなし、24時間働くのが当たり前」という環境でした。しかし、今は時代が違います。省力化できる部分をうまく進めて、しっかりと休みが取れて、それなりの給料がもらえる状況を作ることがこれからの企業には絶対に必要です。働いている方々が「ここで働いていて良かった、幸せだ」と思える会社にしていってほしいですね。
これからの世代に、どのような会社の未来を託したいですか?
平島:佐渡の人口は、私がここへ来た時の約半分になりました。誰もいない島でお酒を造るより、人が豊かに暮らしている島でお酒を造る方が、絶対に幸せです。彼らには、単に自分たちの会社を大きくするだけでなく、地域の雇用や発展に貢献し、佐渡全体の未来をどうしていくか考えていくことを引き継いでほしいのです。
私たちが大切にしている「四宝和醸(しほうわじょう)」という言葉があります。酒造りの三大要素である「米」「水」「人」に、「佐渡」という地域を加えた四つの宝の和をもって酒を醸すという精神です。お酒自体の美味しさだけでなく、佐渡の自然や歴史、文化が混ざり合い、人と人、地域と地域を結びつけるような「コト」としての価値を生み出していきたいというものです。
絶対に変えてはいけない伝統を守るために、変えるべきものを恐れずに変える。彼らの若い感性で新しい仕組みやチームをつくり、「四宝和醸」の精神でこれからの佐渡、そして日本酒の未来を切り拓いていってほしいですね。

