木と鉄、素材の魅力を活かし、「経年変化を慈しむモノづくり」を貫く有限会社上手工作所。かつては東大阪で店舗内装を手がける受託型の会社だった。しかし「どれだけ働いても利益が残りにくい」構造から脱却すべく、自社プロダクトの製造・販売へと大きく舵を切る。大阪府、豊能町への拠点移転を機に製造と販売を一体化させ、カフェやセレクトショップまで融合した空間で世界観を発信。そこは「実物大のモデルルーム」として機能し、世界観に共感したお客様から店舗内装を任されるという新たな循環も生み出した。創業時20名足らずだった組織は、今や70名を超える複合企業へと目覚ましい成長を遂げている。 バックオフィスを実質1人で担う管理部門統括の徳田幸吉氏は、入社直後に、二重入力や手作業が大部分を占めていたバックオフィス体制を刷新すべく、freeeを導入。20人時代と同等の工数のまま、70名規模の多角化経営を支える強い基盤を構築した。浮いたコストを人事評価や法人カードの集約へ再投資し、属人化防止へと挑む同社の今を伺った。
利益率の低い事業構造からの脱却――「自分たちのモノづくり」を売るメーカーへの決意
創業当時の事業内容と、そこから直面していた課題について教えてください。
徳田幸吉様(以下、徳田):当社は2000年に代表の弟が夫婦で内装業からスタートし、東大阪で木材を中心とした店舗内装や看板などを手がけていました。しかし内装業というのは、施主の力が強く変更も多く、さらに納期はタイトでスケジュール管理が非常に難しい業界なんです。元請けからの要求も多く、自分たちでコントロールしづらい苦しさがありました。
売上面では一見順調に見えても、現場には深刻な悩みがあったのですね。
徳田: はい。売上自体はそこそこあっても、案件が終わって蓋を開けてみたら「思ったほど利益が残っていないね」「あんなに大変だったのに儲からなかったね」ということが往々にしてありました。しかも、工事に取りかかる段階で先行して大きな資金が出ていく一方で、回収は後になるため、資金繰り的にも常に圧迫されるという厳しい構造を抱えていたんです。
そうした事業構造や不安定な経営状況に対して、どのような思いを抱かれていたのでしょうか。
徳田:我々の立場ではどうしても施主様や元請け様の発言力が強く、経営として不安定にならざるを得ません。もともと営業をガツガツやる会社でもなかったので、代表も「言われた通りのものを作るだけの仕事を続けていても面白くない。もっと自分たちが本当に良いと思えるものを作りたい」と感じていたそうです。
そこから、どのようにして「内装受託」から「自社製品メーカー」への転換を図ったのですか。
徳田:代表の「木や鉄といった素材そのものの魅力を活かしたモノづくりがしたい」という想いから、自分たちで企画したオリジナルプロダクトを直接お客様に届けるメーカーへシフトしようと決意しました。当時まだ珍しかったEC(ネット通販)に目を付け、代表の奥さんが手探りでWebを勉強してECサイトを立ち上げ、木製、鉄製のドアハンドルといった価格的に手頃な自社製品の販売をスタートさせたのです。
手探りで始めた自社プロダクトのネット販売は、どのような反響でしたか。
徳田:これが予想以上にお客様の心に刺さり、大きな反響を呼びました。自分たちのこだわりを込めた製品が直接評価され、適正な価格で買っていただける喜びは大きかったですね。ここを足がかりに、価格競争に巻き込まれる受注型の内装業を徐々に絞り込み、自社ブランド製品を企画・製造・販売する「メーカー」へと本格的に舵を切っていくことになりました。
拠点集約と「食」への挑戦――泥臭い試行錯誤が生んだブランド体験の拡張
東大阪時代に抱えていた「拠点の分散」という課題について教えてください。
徳田:東大阪時代は、自転車で5分や10分の距離に工場や倉庫が複数分かれて存在し、店舗もまた別の場所にありました。どこに何の資材や在庫があるのか全体像が見えず、モノを一つ確認しに行くだけで無駄な移動時間が発生していたんです。
そうした中で、豊能町への拠点集約という大きな決断に至ったきっかけは何だったのですか。
徳田:代表の趣味がカヤックで、嵐山方面へ向かう途中にたまたまこの豊能町の土地が売りに出されているのを見つけたんです。広大な土地を得て、分散していた店舗と工場をすべて一カ所に集約できる絶好の機会だと判断し、移転を決意しました。
製造と店舗を1カ所に集約したことで、現場や組織にはどのような変化が生まれましたか。
徳田:職人のいる工場と販売スタッフのいる店舗が隣り合わせになったことで、情報共有のスピードが劇的に上がりました。職人が作る「モノへの思いやこだわり」が直に販売スタッフへ伝わり、お客様にもその熱量そのままに魅力を届けられるようになったんです。
現場でのコミュニケーションや製品開発にも、ポジティブな循環が生まれたのですね。
徳田:ええ。店舗でお客様から相談を受けると、販売スタッフが工場から直接職人を連れてきてその場で提案できるようになりました。お客様のリアルな反応や売れ行きがダイレクトに製造現場へ届くため、「製造と販売の一体化」が一気に加速していきました。
さらに、倉庫計画から発展した食やセレクトショップへの挑戦について教えてください。
徳田:人数が増えてスタッフの昼食環境を整えたいという想いから「倉庫兼食堂」のプロジェクトを立ち上げたのが始まりです。その過程で出会った近隣にお住いのシェフの方とのご縁があり、「ただの食堂ではなく本格的なレストランにしてはどうか」と提案をいただき、発酵和食レストランや洋食カフェレストラン、セレクトショップを融合させた複合拠点へと拡張しました。
その空間自体が、上手工作所の世界観を体現するモデルルームになっているわけですね。
徳田:まさにその通りです。私たちが木工や鉄工で培ってきた「素材へのこだわり」を食や空間全体で体現したことで、ここを訪れたお客様が「こんな雰囲気のお店にしたい」と信頼を寄せてくださり、店舗内装やリフォームのご依頼に繋がるという新たな相乗効果も生まれています。
20人体制のままで70人規模を回す――freeeが実現した「強靭なバックオフィス」
東大阪時代から現在にかけて、組織規模や事業領域はどのように変化していったのでしょうか。
徳田:東大阪時代は役員を含めて17〜18名、20名弱の規模でしたが、豊能町への拠点移転や事業拡大を経て、現在はおかげさまで全体で70名を超える組織へと成長しました。製造やEC、セレクトショップに加え、飲食の運営まで一気に広がっていきました。
全社で70名を超える中で、現場の働き方の柔軟性や職場環境も大きく変化したそうですね。
徳田:社員とパートが半々で職種も多岐にわたるため、変形労働時間制やシフト制を柔軟に採り入れています。9時〜18時半が基本ですが「早く来て早く帰りたい」という声があれば8時半〜18時に変更したり、店舗スタッフの休憩時間を調整したりと、現場の事情に応じた多様で働きやすい環境づくりを進めています。
徳田様が2019年に入社された当時、バックオフィスの管理体制をご覧になってどう感じられましたか。
徳田:当時はオンプレミスの会計ソフトと給与計算ソフトを使っていて、手入力や手作業での転記が当たり前でした。「これは入った瞬間に仕組みを変えないと絶対に無理だ」と直感しましたね。1回入力したデータを別の場所へ二重・三重に入力し直す非効率なやり方だと感じていました。
その状態から、どのようにシステムを刷新して一気通貫の仕組みを構築されたのですか。
徳田:前職の時からクラウドシステムというものに関心があり、会計的な知識を蓄えていたこともあり、当時の状況に合わせ、外部の勤怠管理ツールで収集した打刻データを「freee人事労務」へスムーズに連携させ、給与計算を全自動化しました。さらに「freee会計」と連携させることで、給与振込から取引先の支払振り込みまで、画面上で一括処理できるデータ連携の仕組みへ一気に移行したんです。
手作業や二重入力を完全に排除したことで、具体的にどのような成果が生まれましたか。
徳田:以前なら1週間近くかかっていた手作業の手間が根こそぎ消え、実質的にバックオフィス業務の負担を約7割削減できました。東大阪時代の20人足らずを管理していた作業量・人数のままで、70名超に膨らんだ現在の多角化経営を私1人で無理なく回せているのは、この仕組みがあるからこそです。
1人管理からの脱却――属人化を阻み、創業者夫婦の「想い」を支える基盤づくり
20人規模の作業量で70人規模を回せる体制が完成した一方で、現在の「次なる課題」とは何でしょうか。
徳田:業務が効率化された反面、今度は「自分しかやり方が分からない」という属人化のリスクが新たな課題として出てきたと感じています。万が一の時に会社が止まるリスクを回避するため、今後は業務の整理整頓とマニュアル化を進めていく必要があります。
属人化を防ぎ、組織として持続可能なバックオフィスを作るためにどのような手をご検討されていますか。
徳田:自分一人で抱え込むのではなく、マニュアル化や業務プロセスの整理を進めた上で、外部のパートナーや業務委託を活用していく体制づくりを模索しています。人をただ増やすのではなく、柔軟なアウトソーシングも含めたリスクヘッジ体制を整えている最中です。
さらに今後は、freeeの活用範囲を広げていく計画もあるそうですね。
徳田:ええ。外部システムから「freee人事労務」へ一本化することで削減できた月額費用を原資として、これまで着手できていなかった「人事評価システム」の導入や「法人カード」の集約と拡充を進めています。浮いたコストをバックオフィス全体の基盤強化へ賢く再投資しているんです。
システムやツールの集約によって、どのようなメリットを実感されていますか。
徳田:バックオフィスのツールが一元化されることでデータ連動の手間やミスが減り、管理コストも大幅に圧縮できます。さらに従業員側も「ひとつの画面」で操作が完結するため、迷いなくスムーズに運用できるようになりました。
バックオフィスが進化し続けることで、上手工作所の未来にはどのような可能性が広がっていくとお考えですか。
徳田:バックオフィスを徹底的に効率化し、強固な土台を作る目的は一つです。創業者夫婦が「こういうモノづくりがしたい」「地域に貢献したい」と描くアイデアや想いを、足元から揺らぐことなく実現させるためです。
最後に、今後の上手工作所が目指すビジョンについて教えてください。
徳田:私たちの家具やプロダクトは、無垢材や金属など素材そのものの風合いを活かした「経年変化を慈しめるモノ」ばかりです。単に効率を追うのではなく、この世界観や手仕事の魅力に共感してくれるお客様と長く深くつながるコミュニティを育て、地域社会とともに成長し続けていきたいですね。


