富山県の地域医療を支える中核病院、医療法人社団藤聖会 富山西総合病院。急速な職員数の増加と医療法改正に伴うペーパーワークの増大という課題に直面する中、バックオフィス業務のDX化を決断。その第一歩として電子契約サービス「freeeサイン」を導入しました。
今回は、DX推進の中心を担う皆様に、導入前の課題からfreeeサインを選んだ決め手、そしてDXを通じて目指す病院経営の未来像まで、詳しくお話を伺いました。
導入前の課題 - 迫りくるペーパーワークの波と属人化の壁
——freeeサイン導入以前に、病院のバックオフィス業務全体でどのような課題を抱えていらっしゃったかお聞かせいただけますでしょうか。
藤田さん(事務長 兼 理事): 全体的な話で言うと、医療法の改正が大きなきっかけでした。医療法人に対して外部監査が義務付けられるようになり、これまで「まあ、大丈夫だろう」で済んでいた業務のすべてにおいて、記録を残すことが求められるようになったんです。「誰がチェックしたのか」という内部統制の記録ですね。これを真面目にやろうとすると、ペーパーワークが際限なく増えていく、という状況がありました。
もともと病院は、電子カルテを扱うネットワークと、通常のインターネット業務を行うネットワークが物理的に分離されていることが多く、業務の過程でどうしても紙への印刷が発生しがちです。それに加えて、あらゆる場面で「承認の証跡を紙で残しなさい」「本人からサインをもらいなさい」という要求が増え、紙の量が加速度的に増えていきました。しかし、事務所の保管スペースには限りがありますから、ペーパーレス化は急務だと感じていました。
——法改正がきっかけで、物理的な課題が顕在化したのですね。具体的には、どのような書類が増えていたのでしょうか。
藤田さん(事務長 兼 理事): 例えば、診療報酬を請求する際のチェック記録です。以前は担当者が確認して「はい、問題ないです」で終わっていたものが、「誰と誰がチェックしたのか」という記録をすべて書類で残す必要が出てきました。毎月の請求業務だけで、1センチくらいの厚みの紙の束が生まれるような感覚です。そういったことが、院内の至るところで発生していました。
さらに、職員との間で交わす労働条件通知書も相当な量になります。特に毎年4月の契約更新時期は、最低賃金の改定に合わせて全職員の給与を見直す 必要があり、膨大な量の書類が発生します。これらの契約書もすべて紙で保管していましたから、場所を取るだけでなく、後から特定の書類を探し出すのも一苦労でした。紙だと、どうしても「あの書類は誰々さんが持っているはず」といった形で、保管場所の記憶が属人化してしまいますからね。
——職員数が増加していることも、その課題に拍車をかけていたのでしょうか。
藤田さん(事務長 兼 理事): まさにその通りです。私が入職した10数年前は200人程度だった職員が、今では400人を超えています。これは看護配置の基準が手厚くなった(10:1から7:1へ)影響もありますが、先ほどお話しした内部統制の強化などで、バックオフィス業務自体が複雑化し、人員を増やさざるを得なかったという背景もあります。医師の事務作業を補助するような、昔はなかった職種も増えました。
人が増えれば、当然、従業員情報の管理も複雑になります。「あの職員の資格は何だったかな?」「この人は常勤換算だと0.8人だっけ、0.75人だっけ?」といった情報が、特定のベテラン職員の頭の中にしかない、という状況が生まれていました。役所に提出する書類も多いため、これらの情報を正確に、そして誰でも確認できる状態にしておく必要性を強く感じていました。
——経理面でも何か課題はありましたか?
藤田さん(事務長 兼 理事): 月次の決算速報が確定するのが「翌々月」になっていた、という大きな課題がありました。これではもはや「速報」とは呼べませんよね。病院の機能が拡大するにつれて取引先の数も増 え、処理すべき請求書の枚数が増加したことが一因です。
もう一つの要因は、当法人の特殊な事情ですが、グループ内の法人や事業所間での職員の出向が非常に多いことです。給与は一旦、富山西総合病院として全員分を支払った後で、各事業所での勤務実態に合わせて人件費を配賦し直す、という作業が発生します。この計算に時間がかかり、正確な人件費がなかなか確定しない。それが、月次決算が遅れる最大の原因になっていました。
DXへの挑戦 - 「どさくさに紛れて」始めたクラウド化という大きな一歩
——様々な課題が山積する中で、DX、特にクラウドサービスの活用へと舵を切られたわけですが、その直接的なきっかけは何だったのでしょうか。病院というセキュリティ要件の厳しい環境で、クラウド化は大きな意思決定だったかと思います。
藤田さん(事務長 兼 理事): この春から、これまで電子カルテのネットワーク内で行っていた総務系の業務を、インターネット系のネットワークに切り出す、という取り組みを始めました。つまり、クラウドストレージなどを活用できる環境を整備したんです。これが、freeeサインのようなクラウドサービスを検討する前提条件になりました。
——その意思決定の背景には、どのような考えがあったのでしょうか。
藤田さん(事 務長 兼 理事): コロナ禍の影響は大きかったですね。職員がコロナやインフルエンザに感染すると、長期間出勤できなくなります。バックオフィス業務は、特定の担当者に仕事が張り付いている、いわゆる属人化しているケースが多い。そうなると、その担当者が休んでいる間、すべての業務が完全にストップしてしまうという事態が実際に起こりました。さすがにこれは問題だろうと。病室を一つ貸し出して、隔離状態で仕事をしてもらったこともありましたが、根本的な解決にはなりません。いつでも、どこでも、誰でも業務ができる環境が必要だと痛感したのが、クラウド化を本格的に考え始めたきっかけです。
——他の病院の動向などを参考にされたのでしょうか。
藤田さん(事務長 兼 理事): いえ、他の病院がどうこう、というのはあまり意識していませんでした。それよりも、自分たちの現場で起きている課題をどう解決するか、という視点が強かったですね。まずは一部の業務からスモールスタートでクラウド化を試してみて、その有効性を確認しながら少しずつ範囲を広げていく、というアプローチを取りました。
freeeサインとの出会いと導入効果 - 「あの書類、どこ?」からの解放
——サービス活用の一環として、freeeサインを導入いただいたわけですが、数ある電子契約サービスの中で、freeeサインを選んでいただいた決め手は何だったのでしょうか。
藤田さん(事務長 兼 理事): もちろん、契約の締結記録が法的に有効な形でしっかりと残せることや、多数の職員に一括で送信できる機能があることは重要な要件でした。ただ、正直に言うと、様々なサービスを比較検討した中で、機能面にそこまで大きな差はないな、というのが率直な感想です。
——実際にfreeeの話を聞いてみて、何か印象は変わりましたか?
藤田さん(事務長 兼 理事): やはり、サービスラインナップが豊富な点は魅力に感じました。電子契約だけでなく、会計や人事労務など、バックオフィス全体をカバーするサービスが揃っている。他の単独で提供されているサービスだと、導入したらそこで「終わり」ですが、freeeさんなら、今後の展開に大きな可能性があるのではないか、という期待感がありました。
——実際にfreeeサインを使ってみて、率直な感想はいかがですか?
岩田さん(総務課 課長): 私は主に承認者として使っていますが、非常にスムーズです。
川邊さん(総務課): 私は労働条件通知書の作成から職員との契約締結まで、一連の作業で活用しています。導入して最も良かったと感じるのは、ワークフローが可視化されたことですね。紙ベースで運用していた頃は、「あの稟議書、今どこにあるんだろう? 」「誰のところで止まってるんだ?」ということが日常茶飯事で、それを探すために事務所内を走り回ることもありました。freeeサインなら、進捗状況が一覧でわかるので、そういった無駄な時間が一切なくなりました。
スピード感も劇的に変わりました。これまでは、書類を作成して、上長の承認を得て、本人に渡して、署名してもらって返却されるまで、長いと1週間以上かかっていました。出向している職員には社内便で送っていたので、さらに時間が必要です。それがfreeeサインだと、送信ボタンを押してから、早い人なら1時間もかからずに署名して返ってきます。
職員にとってもメリットは大きいと思います。医療従事者は皆忙しいので、紙の書類を渡すタイミングを見計らう必要がありました。メールで送っておけば、休憩時間など、各自の好きなタイミングで確認・署名ができます。書類の受け渡しのために物理的に動き回る、という手間がなくなったのは、本当に大きな変化です。
全職員で乗り越えるデジタルの壁 - 「デジタル介護」の視点で寄り添う
—— 職員の方々の反応はいかがでしたか?特に、デジタルツールに不慣れなご高齢の職員の方々もいらっしゃるかと思います。
伏見さん(総務課 課長): 正直に言うと、特にご高齢の職員の方からは、やはり抵抗感があ りました。ただ、これはもう避けられない時代の流れであること、そしてペーパーレス化によって生まれるメリットを丁寧に説明し、納得していただきました。多くの方がスマートフォンはお持ちなので、使い方を個別に説明しながら、実際に操作してもらってサインをいただいています。
ある調査では、当法人のグループウェアの利用率が70代になると1割程度まで落ち込むというデータもあり、やはり苦手意識があるのは事実です。長年慣れ親しんだやり方を手放したくない、という気持ちも理解できます。ですから、一方的に「これを使ってください」と押し付けるのではなく、一人ひとりに寄り添う姿勢が大切だと感じています。
——「寄り添う」という点で、何か工夫されていることはありますか?
岩田さん(総務課 課長): リテラシーが高い人が低い人をサポートする文化を意識しています。一つの窓口から全員に指示を出すのではなく、周りの同僚が自然に教え合うような波及効果を期待しています。
重要なのは、ツールを使うか使わないか、という二元論で考えないことです。例えば、Excelを使うことが目的化してしまって、関数を使わずに電卓のように手で数字を打ち込んでいる、というケースも実際にありました。それを見たときに、上から目線で間違いを指摘するのではなく、その人のやり方を尊重しつつ、もっと効率的な方法を一緒に考える。急にやり方を変えることは、その人の仕事を奪うことにも繋がりかねません。これまでの伝統や文化を尊重しながら、ゆっくりでも着実に進めていく視点が不可欠だと考えて います。
人間、いくつになっても新しいことを始めるのに遅すぎるということはありません。実際に、関連施設では80歳を超えた職員の方が、スマホでビデオ会議に参加している例もありますから
未来への展望 - DXで経営を確立し、地域医療の未来を拓く
——freeeサインの導入を皮切りに、DXが少しずつ浸透してきたかと思います。今後のバックオフィス改革について、どのような展望をお持ちですか?
岩田さん(総務課 課長): まずは、総務課で生まれたfreeeサインの成功事例を、院内の他の部署にも横展開していきたいですね。
伏見さん(総務課 課長): 次のステップとしては、タレントマネジメントシステムの導入を検討しています。職員情報の一元管理は喫緊の課題ですので、ここは強化したい。そして、長年の課題である経理業務の効率化です。ここは長年の業務フローを大きく変えることになるので、現場の抵抗も予想されます。丁寧に、慎重に進めていきたいと考えています。
——さらにその先、DXを通じて病院全体として目指す姿について、お考えをお聞かせください。
藤田さん(事務長 兼 理事): 大きな話をすると、経営基盤を確立することが、最終的に地域貢献に繋がると信じています。昨今の医療業界は経営環境が非常に厳しく、経営に余裕がなければ、地域のための社会貢献事業に予算を割くことはできません。
経営を確立するためには、生産性の向上が不可欠です。これから日本の労働人口はますます減少していきます。その中で生き残るには、「人間にしかできない仕事」に集中できる環境を作らなければなりません。DXは、そのための最も有効な手段です。バックオフィス業務も診療業務も、定型的な作業はテクノロジーに任せ、人間はより付加価値の高い業務に時間を使う。そうして生産性を高め、生まれた経営的なリソースを、これまで実現できなかった新しい治療法や、地域住民の健康啓発活動といった形で、地域に還元していく。それが私たちの目指す理想の姿です。
——素晴らしいビジョンですね。DXが採用面にも良い影響を与えそうですね。
藤田さん(事務長 兼 理事): まさに、採用競争力の強化は直近の大きな目標です。富山県内の大規模な公立病院は、DXにそこまでリソースを割けていないのが現状です。だからこそ、今我々が先進的な取り組みを進めれば、県内のフロントランナーになれると考えています。「富山西総合病院はDXが進んでいて働きやすい」という評判を確立し、「ここで働きたい」と思ってもらえるような病院にしていきたいですね。
——最後に、かつての貴院と同じように、紙文化からの脱却に悩んでいる他の病院の皆様へメッセージをお願いします。
藤田さん(事務長 兼 理事): 少し過激な言い方かもしれませんが、10数年前に私がこの業界に来て感じたのは、「仕事の仕方が1990年代のままだな」ということでした。そして残念ながら、10年以上経った今でも、まだ2000年代前半くらいかな、と感じています。病院によっては、まだ1990年代のままのところも多いのではないでしょうか。
大量の紙の束で稟議を回したり、ロッカーに10年前の書類がぎっしり詰まっていて、カビ臭かったり…。自分たちはその環境に慣れてしまって気づかないかもしれませんが、客観的に見れば、ものすごく生産性が低い状態のはずです。
これから生産年齢人口が激減していく中で、本当にそのやり方で乗り切れますか?と問いかけたいです。富山県内でも、15年後には生産年齢人口が6割も減少すると予測されている地域があります。これは決して他人事ではありません。「あなたたち、いつまで20世紀にいるの?」…さすがにそんなことは言えませんが(笑)、危機感を持って一歩を踏み出すことが、未来を生き抜くために不可欠だと思います。