ローコスト化を武器に、低価格サービスに特化している事務所がある。提供サービスは記帳業務のみに絞り、面談などそれ以外の業務は対象外。申告などのオプションはあるが、決して手厚いサポートとは言えない。
それなのに顧客の満足度は非常に高いのである。さて、一体どんな戦略なのか?
自分に必要なサービスのみをビュッフェ形式で選べる
今日は、御社でサービス提供されている「未来の経理部」についてお話をお伺いしたいと思います。早速ですが、その概要を教えていただけますか?
林:はい、弊社は「Hay 未来の税理士法人」と「未来の株式会社」という2つの組織に分けており、「未来の株式会社」では経理を中心としたバックオフィスのアウトソーシングサービスを提供しています。そのサービスの1つが「未来の経理部」です。主に個人事業主やオーナー企業様を対象に、freeeを利用した記帳代行業務を完全オンラインで提供しています。
一般的な経理代行の記帳業務のみをおこなうというイメージですか?
林:まさにそうです。もちろん、確定申告や法人申告、年末調整が必要な場合はオプションという形で追加できますし、税務全般のご相 談に乗ることも可能です。その場合は「Hay 未来の税理士法人」でフォローアップしていきます。また、給与計算や支払業務、親会社への月次報告等、より広範囲なアウトソーシングを希望される場合は、「未来の管理本部」という上位サービスをご用意しています。
必要なサービスをビュッフェ形式で選べるようになっているんですね。
林:「未来の経理部」はもっともライトなサービスですが、個人事業主や起業したての方はこれだけで間に合ってしまうことも多いんですね。ただ記帳だけでは完結しないので、「未来の経理部」を入り口として、税理士法人のほうでフォローアップをしたり、必要のあるお客様には追加提案をしていくというモデルです。
会計業界から敬遠されがちな個人事業主とスモールビジネス
なぜ、「未来の経理部」のようなサービスを提供しようと思われたんですか?
林:私は最初、個人事務所として会計事務所を立ち上げたんですが、やはり1件ずつ手厚く対応するのが難しいような小規模のお客様がいらっしゃいますよね。個人事業主の方や、法人であっても社長がお1人でされているようなケース……。税務だとどうしても1回の相談が長くなるし、とくに個人事業主は一律で12 月決算でしょう。会計事務所としては、物理的に請けることが難しい。
個人事業主を敬遠する税理士さんは多いですよね。
林:そのとき、どうすればそういう方々にも会計事務所としてサービスを提供し、手助けができるかと考えたんです。そうすると記帳は記帳、税務は税務と分けたほうが理に適っているんですね。記帳に1件1件、個別対応をする必要がない方も多いですから、そういう方に対して、こちらが組み立てたルールで一律の対応ができるように記帳サービスを立ち上げたというのが経緯です。
現状では、そういうお客様はどのくらいいらっしゃるんでしょうか?
林:「未来の経理部」のユーザー数は200 ほどです。そのうちの半分が個人事業主で、半分が法人。法人のお客様に関しては、利益が出始めて従業員を雇うようになったら、だいたい税理士法人のほうで顧問契約も結んでいますが、それが100 社のうち60 社ほどになります。
個人事業主の場合はどうですか?
林:個人だと、顧問契約に至るお客様はあまりいらっしゃいません。
となると、個人事業主はあまりいいお客様とは言えないんでしょうか?
林:いえ、じつは「未来の経理部」で一番利益が出やすいのは個人のお客様なんです。というのも、個人事業主は法人よりも業務ルーチンが固まっていないことが多いので、弊社のルールを適用しやすいんですね。それから、「申告さえできれば他のサービスはいらない」という方も非常に多く、「未来の経理部」にマッチするユーザーさんなんです。
個人事業主の方だと、税理士さんに断られてしまうケースも多いと聞きます。
林:私も「未来の経理部」がなければ、お断りするしかなかったでしょうね。でもだからこそ、個人事業主はマーケットとして優れている。うちでは今後、個人事業主の方をメインのターゲットとしていこうと考えています。
”これまで取りこぼされてきた市場だからこそ戦略が活きてくる”
未来の株式会社 税理士・公認会計士 林 寛之 様
2006年、中央大学商学部卒業。あずさ監査法人、税理士法人青山パートナーズに勤務したのち、2013年に林会計事務所を創設。2017年4月、同事務所をHay未来の税理士法人として法人成り。現在は未来の株式会社代表取締役も務める。
低価格サービスでいかに利益を出すのか
「未来の経理部」には、「経理担当」「経理課長」「経理部長」3つのプランがありますね。一番低価格のプランが「経理担当」で、月額4,980 円から。
林:はい。「経理担当」は4、6、9、12 月の四半期ごとの作業、「経理課長」は同じ四半期ごとですが、作業月を決算月などで指定できるプラン、「経理部長」は月次の記帳プランです。個人事業主やスモールビ ジネスの方に最初におすすめするのは「経理担当」プランですね。
月額4,980 円という料金設定で、どのように利益を出されているんでしょう。その工夫を教えていただけますか?
林:4,980 円のプランというのは、完全に申告を目的とした記帳になっていて、レポートを出したり、個別相談に乗ったり、タイムリーに帳簿をつけたりということには対応していないんですね。お客様とのやり取りも、ほぼメールだけで完結します。そうやって業務を絞ったうえで、3カ月に1回、こちらで決めた月に作業をしていますので、オペレーションの効率が非常にいいんです。
業務のスリム化が進んでいる。
林:また、従来の会計事務所だと、1人の担当者がクライアントの一連の作業をおこなうことが多いですよね。すると、担当者ごとのオリジナルルールができやすく、引き継ぎや効率化の足枷になります。弊社の場合、その作業を細分化して、資料を受領する人間、スキャンする人間、記帳入力は海外に出していますが、それを確認する人間……と分担できるようにして、簿記の知識・経験がない人でも作業ができる仕組みにしているんです。
記帳のデータ入力は海外にアウトソーシングされているんですか?
林:はい。じつは、私の兄が手書き原稿や名簿などのデータ化を、海外リソースを活用して提供するいわゆるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の会社を経営しているんです。私自身、最初は兄の会社の一部門として「未来の経理部」の前身となるサービ スを立ち上げました。そんな背景があるので、今もそのリソースを活用しています。
なるほど。元々リソースがある。
林:ただ、外注しているのは基本データ作りの部分だけで、freeeにデータを取り込んだり、消し込んだり、お客様とメールでやり取りしたりというのは、すべて国内メンバーでやっています。理想は、税理士が必要となる業務以外は、今日来たアルバイトさんでもその場で対応できるくらいにシステム化することなんです。
そうやって誰でも対応できるようにするということは、お客様といつ連絡をとったかとか、どんな話をしたかということもきちんと管理されている?
林:はい。基本的にはセールスフォースというクラウドCRM サービスで管理しています。資料を受領したらパソコンでクリックすると、お客様にメールが自動的に流れるというような仕組みですね。
誰でもその場で作業ができるように、マニュアルは作業ごとに細かく作成
顧客からの支持の秘訣は最小限のサービスと低価格
ちなみに、未来の株式会社には何名のスタッフがいるんですか?
林:今は正社員が4名、在宅ワーカーが2名ですが、「未来の経理部」に携わっているのは2名だけです。