監修 橋爪 祐典
近年、長時間労働や強い職場ストレスが原因で心身に不調をきたすケースが社会問題となり、メンタルヘルス対策の重要性が高まっています。
その対策のひとつとして導入されたのが「ストレスチェック制度」です。
ストレスチェックは、従業員一人ひとりが自身のストレス状態に気づき、早期のセルフケアや職場改善につなげることを目的とした「心の健康診断」です。
労働安全衛生法に基づき、従業員50人以上の事業場では年1回の実施が義務付けられており、未実施や報告漏れには罰則が科される場合もあります。
本記事では、ストレスチェックの概要と目的、義務化の背景や実際の実施方法まで解説します。
目次
- ストレスチェックとは
- ストレスチェックの概要と目的
- ストレスチェック義務化の背景
- ストレスチェックの実施義務があるのは?
- ストレスチェック実施義務を怠った場合の罰則
- ストレスチェックの実施方法
- ストレスチェックを実施する際の注意点
- 受検を従業員に強制できない
- プライバシー保護ができる体制を徹底する
- 実施目的を明確にしておく
- 職場のメンタルヘルス対策の取り組み事例
- ストレスチェックに関するよくある質問
- ストレスチェックの義務が生じる「常時50人以上」のカウント基準は?
- 派遣労働者のストレスチェックは派遣元と派遣先どちらが行う?
- やむを得ない理由でストレスチェックできなかった場合は?
- 【まとめ】ストレスチェックは従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐ
ストレスチェックとは
ストレスチェックとは、働く人が自分のストレス状態に気づき、心の不調を未然に防ぐために設けられた制度です。
2015年から法律に基づいて導入され、従業員の健康を守ると同時に、企業が職場環境を改善するきっかけとして活用されています。
今では健康経営や労務管理の重要な柱のひとつとなっており、今後はすべての事業場で実施が義務化される予定です。
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ストレスチェックの概要と目的
ストレスチェックの目的は「自分のストレスに気づくきっかけを提供すること」と「組織的な改善につなげること」です。
厚生労働省では、ストレスチェックの趣旨と目的を以下のように記載しています。
労働者のストレスの程度を把握し、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげ、働きやすい職場づくりを進めることによって、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止すること(一次予防)を主な目的としたものです。
ストレスチェック義務化の背景
ストレスチェック制度が導入された背景には、長時間労働や強い職業性ストレスによって心の不調や労働災害が増加したという社会問題があります。
課題に対し、従来の発症後の対応ではなく、予防を重視した仕組みの1つとしてストレスチェックの実施が導入されました。
ストレスチェック制度は、個人のセルフケアを促すだけでなく、集団分析による職場環境改善のPDCAサイクルを推進する狙いもあります。
ストレスチェックの実施義務があるのは?
常に稼働している従業員が50人以上の事業場は業種に関係なく、1年以内ごとに1回ストレスチェックの実施報告が義務付けられています。
一方、常に稼働している従業員が50人未満の事業場でのストレスチェックの実施については努力義務とされています。
しかし、2025年5月14日に公布された労働安全衛生法の改正により、2028年5月までに50人未満の事業場にも義務化される方向で整備が進められています。
ストレスチェックの実施は職場環境の改善や離職防止、メンタル不調による生産性低下の防止にもつながるため、現時点で努力義務の事業場においても積極的に取り入れることを検討しましょう。
ストレスチェック実施義務を怠った場合の罰則
上述したように、50人以上の従業員がいる事業場では、ストレスチェックの実施が法律で義務付けられています。また、その結果を所轄の労働基準監督署へ報告もしなければなりません。
この報告義務を怠ったり、虚偽の報告を行ったりすると罰金の対象になる可能性があるため、正しい内容での報告が必須です。
また、制度を実施しないことは労働契約法に定められている「安全配慮義務」違反とみなされる可能性があります。その場合には、民事上の損害賠償責任が発生する可能性があるため、対象の事業場は必ず実施と報告を行いましょう。
出典:e-Gov 法令検索「労働安全衛生法第120条第5号」
ストレスチェックの実施方法
ストレスチェックの実施は、調査票を配布して回答を集めるだけではなく、準備から評価・分析、報告まで一連のプロセスとして適切に進める必要があります。
ストレスチェック実施の一連の流れは以下のとおりです。
ストレスチェック制度は、労働安全衛生法にもとづく制度であるため、導入前には実施体制の整備や衛生委員会での方針決定が求められます。
ここでは、ストレスチェック実施の準備から報告までの流れをステップごとに解説します。
STEP1. 導入前の準備
ストレスチェックの実施をする前に、まず企業として制度に関する方針を社内で表明し、実施体制を整えましょう。
具体的には、以下のことを決めて行きます。
- ストレスチェックの対象者を決める
- ストレスチェックの実施日を決める
- どの調査票を使用するか決める
- 「ストレスの高い人」の線引きを決める
- 面接指導の申出先を決める
- 医師に面接指導を依頼する
- 集団分析の方法を決める
- ストレスチェックの結果の保存先・管理者を決める
出典:厚生労働省「ストレスチェック制度 導入マニュアル」
上記の項目を社内で検討し、衛生委員会や安全衛生委員会で導入方針や実施方法を審議します。
その後、対象者・実施時期・実施者の選定・情報管理体制などを文書化して社内規程として周知していきます。従業員には、制度の目的や受検の任意性、個人情報の取り扱いに関しても事前に説明しておきましょう。
STEP2. 調査票の配布・記入
準備が整ったら、従業員に調査票を配布します。
質問票は「ストレスの原因」「心身のストレス反応」「周囲のサポート」の3領域から構成されており、国が推奨する57項目版・23項目版・80項目版・120項目版があります。
どれを使用するか迷った場合は、従業員の負担や項目数のバランスが取れている57項目の調査票を使用するのが一般的です。
質問票は、それぞれ厚生労働省のサイトからダウンロード可能で、紙媒体以外にも、Webツールを活用する方法があります。
Webツールでは、質問票の配布や回収が紙媒体よりも効率的に行うことができます。また、回収後の管理も紛失のおそれがなく、場所もとらないのでおすすめです。紙媒体で実施する場合は、封をしてプライバシーに配慮するなどの運用工夫が求められます。
出典:厚生労働省「厚生労働省版ストレスチェック実施プログラム | ダウンロードサイト」
STEP3. ストレス状況の評価・医師の面接指導の要否の判定
調査票の回収後、以下のストレスチェック実施者が結果を評価し、従業員本人に直接通知します。
【ストレスチェックを実施できる人】
- 医師
- 保健師
- 厚生労働大臣が定める研修を修了した看護師・精神保健福祉士
※外部委託も可能
企業側が同意なしに個人の結果を知ることはできませんが、本人が面接指導を希望する場合にはその意思表示とみなされます。
高ストレス者として選定され、面接指導を受ける必要があると実施者が認めた場合、本人からの申し出を受けて医師による面接指導を行います。
高ストレス者への面接指導とは
高ストレスと判定された方が面接指導を希望した場合、速やかに医師や産業医による面接指導を実施する必要があります。
面接指導の目的は、勤務状況やストレス原因を医師が把握し、勤務時間の調整や業務量の軽減など、必要な就業上の措置を提案することです。
申し出は結果通知後1ヶ月以内、面接指導自体も申し出後1ヶ月以内に実施することが望ましいとされています。
【関連記事】
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STEP4. ストレスチェックの結果を本人に通知
ストレスチェックの結果は、実施者から本人へ直接、遅滞なく通知しましょう。通知方法は、封筒による紙の通知やパスワード付きのメールなど、第三者に閲覧されないように配慮が必要です。
結果通知に含めるべき内容は、主に以下のとおりです。
- 個人のストレスプロフィール
- ストレスの程度(高ストレス該当の有無)
- 面接指導の対象かどうかなど
ストレスチェックの結果は、その事業所で5年間保存しましょう。
STEP5. 本人から面接指導の申出
ストレスチェックの結果から、実施者が「面接指導が必要」と判断した労働者には、面接指導を申し出るよう勧奨する必要があります。
ただし、申出はあくまで本人の同意にもとづくものであり、強制はできません。事業者は労働者に不利益を与えないよう留意しつつ、申出を後押しすることが求められます。
また、面接指導を受けるかどうかは本人の自由な選択ですが、制度を実効性あるものにするためには、対象者が安心して申出できる環境整備が重要です。
STEP6. 医師による面接指導の実施
企業は原則、1ヶ月以内に医師(産業医など)による面接指導を実施する義務があります。
日時と場所は実施事務従事者から本人に通知され、内容は業務負担や生活習慣などをヒアリングしたうえで、必要な助言や対応が提供されます。
STEP7. 就業上の措置の実施
面接指導後は、医師の意見(意見書)に基づき、勤務時間の調整や業務内容の変更などの就業上の措置を講じることが義務付けられています。
この措置は、本人の意見も踏まえたうえで、労働者の健康確保を最優先に進められます。
STEP8. 集団ごとの集計・分析
ストレスチェック結果は、部署や課ごとなど集団単位で匿名化して集計・分析されます。
集団分析は、個人の特定につながるリスクがあるため、10人未満の部署やチームごとに行うことは推奨されていません。
少ない人数で実施する場合は、他の部署と合算して分析することで、プライバシー保護に配慮しつつ職場全体の傾向を把握することが求められます。
STEP9. 労働基準監督署への報告
上述したように、常に50人以上の従業員がいる事業場は、ストレスチェックの実施状況および面接指導の実施状況を労働基準監督署へ報告する義務があります。
報告書は所定の様式で、管轄の労働基準監督署へ紙提出または電子申請(e-Gov)で提出します。書式は、厚生労働省のホームページからダウンロード可能です。
提出期限は厳密に定められていませんが、毎年実施後速やかに提出するのが望ましいでしょう。
STEP10. 部署ごとのストレス傾向の把握
ストレスチェックの結果を部署ごとに集計・匿名化することで、どの部署にストレスが多い傾向があるかを可視化します。
属人的な印象ではなく、客観的なデータに基づいて課題を把握し、改善施策の検討が可能です。
分析結果をもとに「どの部署にケアが必要か」「研修の必要性はあるか」などを判断します。
STEP11. 業務負担や環境要因の分析
部署別のストレス要因を掘り下げるために、「業務量」「仕事の裁量」「上司・同僚の支援」などの構成要素ごとに分析します。
どの部署で業務負担が高く、裁量・支援が不足しているのかを視覚的に把握します。
分析から、「業務負荷の見直し」「コミュニケーション支援の強化」など、部署ごとに最適な対策を導き出せるでしょう。
STEP12. 継続的モニタリングと効果検証
ストレスチェックと集団分析を毎年同じ方法で継続的に実施することで、「改善策が効果を出しているかどうか」を数値で追うことが重要です。
前年との比較により、たとえば「管理職研修後に上司支援のスコアが上昇した」「業務量の見直しによってストレス指標が改善された」など、経年的な変化と効果を検証しましょう。
結果として、PDCAサイクルを回しながら職場改善に取り組むことにつながります。
ストレスチェックを実施する際の注意点
ストレスチェックは従業員の心身の健康を守るための大切な制度ですが、実施方法を誤ると制度の趣旨が損なわれ、従業員の信頼を失うおそれがあります。
ここでは、ストレスチェックを導入・実施する際に押さえておくべき注意点を整理して解説します。
受検を強制はできない
ストレスチェックは企業に実施報告義務がありますが、従業員個人に受検義務はありません。
したがって、従業員に受検を「強制」するような周知や罰則を設けたり、就業規則で義務化したりすることは法令上禁止されています。
プライバシー保護ができる体制を徹底する
ストレスチェックの結果は労働者の要配慮個人情報に該当し、実施者または事務従事者には守秘義務が課せられています。
人事権をもつ者(上司や人事担当者など)は検査結果にアクセスできません。
また、結果を会社に提供するのは本人の同意があった場合のみで、同意なく情報を得ることは禁止されています。
違反時には懲役または罰金の対象となります。
実施目的を明確にしておく
制度を導入する際は、「なぜストレスチェックを実施するのか」を従業員に明確に伝えることが重要です。
「人事評価ではなく、自己の健康把握と職場環境改善のため」という趣旨を丁寧に説明し、従業員が安心して利用できる体制と目的を明示しましょう。
職場のメンタルヘルス対策の取り組み事例
厚生労働省のポータルサイト「こころの耳」では、メンタルヘルス対策の実際の取り組み事例が紹介されています。
たとえば、ある金属工業会社ではストレスチェックの結果、「職場環境が主なストレス要因」と判明しました。
そこから屋根・外壁の遮熱塗装、LEDの導入、冷暖房設備の整備など大規模な環境改善を実施したのです。
その結果、高ストレス者の比率が2019年度では12.0%でしたが、2020年度には6.2%まで低下しました。
出典:こころの耳「協栄金属工業株式会社(島根県雲南市)」
ストレスチェックに関するよくある質問
ストレスチェックの義務が生じる「常時50人以上」のカウント基準は?
ストレスチェックの実施義務は、常時50人以上の労働者を使用する事業場に課されます。
ここでいう「労働者」には、正社員だけでなく、契約社員・パートタイマー・アルバイト・派遣労働者なども含まれます。
また、基準となるのは「事業場単位」であり、本社・支店・工場などの拠点ごとに従業員数をカウントします。
また、従業員のカウント基準は以下のとおりです。
- 無期雇用労働者、または1年以上の有期契約で使用されている労働者はカウント対象
- 週の所定労働時間が通常の従業員の4分の3以上であれば、パートやアルバイトも対象
- 「常時使用」とは、一時的な人数変動ではなく、年間を通して平均的にその人数がいる状態
たとえば、正社員が30人・契約社員が15人・パートタイマーが10人いる場合は合計55人となり、実施義務の対象となります。
出典:厚生労働省「ストレスチェック実施義務対象 「常時50人以上の労働者を使用する事業場」
派遣労働者のストレスチェックは派遣元と派遣先どちらが行う?
派遣労働者のストレスチェックは、雇用契約を結んでいる派遣元企業に実施義務があります。
労働安全衛生法では「安全配慮義務」を負うのは雇用主と定められているため、派遣先ではなく派遣元が責任を負います。
ただし、派遣労働者が実際に働いているのは派遣先であるため、職場環境改善の観点からは派遣先側も派遣社員の状況を把握しておかなければなりません。
そのため厚生労働省の指針では、派遣先企業も派遣社員を含めて集団分析を行うことが望ましいとされています。
実際には、派遣先と派遣元の間で協定を結び、派遣先が代行してストレスチェックを実施するケースもあります。
その場合でも、個人結果の取り扱いや面接指導の実施については、派遣元と連携し、必ず本人の同意を得たうえで情報共有を行うようにしましょう。
出典:厚生労働省「派遣労働者に対するストレスチェック等の実施に関する考え方」
やむを得ない理由でストレスチェックできなかった場合は?
ストレスチェックは原則として年1回、対象となる従業員に機会を提供する必要がありますが、受検できなかった場合でも企業側・従業員側の不利益はありません。
たとえば、以下のようなケースが該当します。
- 長期の病気休職や産休・育休に入っている
- 海外出張や長期出張で物理的に受検できなかった
- 業務上どうしてもスケジュール調整ができなかった
上記に該当する場合、企業は可能な限り別の機会を設けて受検できるようにすることが望ましいとされています。
ただし、ストレスチェックの実施時期に休職している従業員については実施しなくても差し支えないとされています。
「会社がストレスチェックの機会を提供したかどうか」が大切であり、従業員一人ひとりが必ず受検したかどうかは義務付けられていません。
そのため、未受検者がいても直ちに違法になるわけではなく、労働基準監督署からも「やむを得ない事情による未受検」は問題ないとされています。
【まとめ】ストレスチェックは従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぐ
ストレスチェックは、従業員のメンタルヘルス不調を未然に防ぎ、安心して働ける職場環境をつくるための仕組みです。
従業員50人以上の事業場では年1回の実施が義務付けられており、結果をもとに高ストレス者への医師面接や職場環境改善へとつなげることが重要です。
単なる法令対応にとどまらず、従業員の健康維持や離職防止、生産性向上にも直結する施策として位置づけられます。
企業は制度を正しく理解し、効果的に活用することで、組織全体の持続的な成長につなげられるでしょう。ストレスチェックは法令で定められた義務であり、同時に従業員の健康を守る重要な仕組みです。
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参考文献
- 厚生労働省「労働安全衛生法に基づく ストレスチェック制度 実施マニュアル」
- 厚生労働省「ストレスチェック制度導入ガイド」
- 厚生労働省「ストレスチェック制度導入マニュアル」
監修 橋爪 祐典(はしづめ ゆうすけ)
2018年から現在まで、税理士として税理士法人で活動。中小企業やフリーランスなどの個人事業主を対象とした所得税、法人税、会計業務を得意とし、相続業務や株価評価、財務デューデリジェンスなども経験している。税務記事の執筆や監修なども多数経験している。
