【楠木建】もはや「社員を増やす」だけが成長の正解ではない
人を雇えば雇うほど、組織は強くなる──。長年、そう信じられてきた。
だが経営の原点に立ち返れば、一つの「時代の前提」に過ぎなかった。少人数で意思決定し、必要な才能をその都度外部から調達するスモールビジネスが、日本には古くから根付いていた。
決して新しい発想ではない。ただ、「正解」として語られることは少なかった。
そして転機は静かに訪れた。AIの台頭、労働市場の流動化、フリーランスの増加。その合理性が今、規模を問わず支える武器に変わりつつある。
「何を持ち、何を持たないか」という選択の質が、企業の競争力を左右し始めている。
競争戦略の第一人者・楠木建氏は言う。「競争優位のロジックは、今も昔も何一つ変わっていない」。変わったのは環境だ。その環境の変化が、スモールビジネスにとって追い風になっている。
楠木氏とフリー執行役員・高澤真之介氏が変わらぬ原理と変わりゆく環境の交差点を読み解く。
「持たない経営」とは何か
フリーが今、改めて提唱する言葉がある。「持たない経営」──。正社員や固定資産を抱え込まず、フリーランスの才能と柔軟につながることで価値を生み出す、これからの組織のあり方だ。
その背景には、労働市場の構造変化がある。
2030年には約700万人の人手不足が見込まれ、終身雇用が揺らぐ一方でフリーランスや副業が一般化した。
フリーランスを活用するコストは下がり、AIが担う業務の範囲も広がった。正社員として人を抱え込む合理性は、かつてより確実に薄れている。
楠木建氏は言い切る。
「企業の目的は長期利益の実現であって、社員を増やすか外部化するかはそのための手段に過ぎない。ヘッドカウントは組織の成果の証明にはなりません」
利益を生み出すための手段として、持つか持たないかを判断する。その前提として、楠木氏は競争の本質をこう整理する。
「ハードウェアからソフトウェアへ、SaaSからAIへと、産業の主役は常に移り変わり、市場は大きく変化しているように見えます。でも競争優位のロジックは今も昔も何一つ変わらない。競争相手にはない『違い』をつくること、ただそれだけです」
現実の市場競争は、誰かが勝てば誰かが負けるゼロサムゲームではない。異なる価値を提供する企業が同時に勝者になれる、プラスサムゲームだ。
だからこそ、違いをつくることが戦略の本質になる。
「戦略とは、単によりよいものを選ぶことではない。北へ行くと決めれば、南へはいけないという、トレードオフを伴う選択です。そしてこうした意思決定は、大企業よりも小規模企業の方が圧倒的に行いやすいのです」
フリー執行役員の高澤真之介氏も同じ手応えを感じている。
「スモールビジネスは意思決定のプロセスがコンパクトで、オーナーシップも明確。ビジネスモデルに合ったサイズで、純度の高い意思決定ができる。だからこそ個性が尖ったユニークな事業や経営が展開しやすいんです」
高澤氏が向き合う顧客の中でも、すでに変化は起きている。
経営者の悩みから「人が採れない」が消えたわけではない。ただ、選択肢は大きく変わった。フリーランスやAIの活用が現実的になった今、正社員だけに頼る経営から、多様なリソースを組み合わせる経営へとシフトしている。向き合うべき問いは、むしろ増えている。
だが、ここにスモールビジネスの強みがある。誰と組み、何を任せるか──。その選択の質が、企業の個性をつくっていく。
【少数精鋭の意義】何を持ち、何を持たないか
では、「持たない経営」において、人間はどんな役割を担うのか。
楠木氏は仕事の質を「Labor(労役)」「Work(専門的労働)」「Play(個性とセンスの領域)」の3段階でとらえる。
Laborはかつての肉体労働、Workはタイピストや翻訳家のようなスキル提供だ。では、Playはどうだろうか。
「ブランド設計やプロモーション判断のような、企業固有の文脈が問われる仕事です。スキルを越えたセンスや創造性は、AIには簡単に再現できない」
AIが代替するのはWorkまでだ。その恩恵は、リソースの乏しい中小企業ほど大きいと楠木氏は言う。
「英語をしゃべれなくても、今やAIがあれば海外とバンバン仕事ができる。人間が持っていたスキルがAIに外部化されて、誰でも利用可能になった。だから、リソースがない人ほどAIの恩恵は大きいんです」
そして、Playの領域で戦うために重要になるのが「選球眼」だ。
均質な人材を固定的に抱えるより、案件ごとに最適な人材を外部から選べる企業の方が強い。そしてここに、「少数精鋭」の本質が宿る。
「少数だから精鋭になる。目的が揃っているからこそ、みんながその目的に対して優れた存在になるんです」
大きな組織では、ポテンシャルを持ちながら埋もれてしまう人材が生まれやすい。少数であることが、人の力を引き出す条件になる。
高澤氏も、現場でこの変化を実感している。
「これからは『誰を雇うか』から『誰とつながるか』といった発想の転換が必要です。副業やマッチングプラットフォームの普及で、フリーランスとの接続コストは大幅に下がった。
重要なのは、発注する側もされる側も、何をやりたいのかを明確にすること。その解像度が高いほど、適切な人材と結びつきやすくなります」
実際、フリーの顧客には、この転換を体現する企業が増えている。立ち上げ期からフリーランスのパートナーを積極的に組み合わせ、少数精鋭で事業をスケールさせるモデルだ。
「自社でゼロからつくらず、既存の強みを組み合わせて最短距離で市場に適合させる。AIやSaaSなどの外部リソースを使いこなすことで、共感する人材も集まりやすくなります」(高澤氏)
ただし楠木氏は、持たないことを絶対視しない。
「要はケースバイケースです。長期に社員を抱えていなければできない仕事もある。一方で、正社員として抱えるコストを考えれば、外部発注の方が合理的な仕事もある。どちらを選ぶかは経営の重要な意思決定です」
たとえば、工場では勤続年数の長い社員が暗黙知を共有することで不良品率が下がる。また、楽天証券がエンジニアを内製化したのは、システム改善を毎日高速で回すためだ。
一方、楠木氏自身は年に一度の確定申告を税理士に外注している。本業への影響が限定的で、年に一度しかない業務を抱える合理性がないからだ。
問題は「持つか、持たないか」ではない。「何を持ち、何を持たないか」という問いを固定化せず、考え続けることが経営の本質だ。
「これしかない」という思考停止こそが、最大のリスクになる。
ブラックボックス化する業務委託管理
「持たない経営」へ舵を切りたくても、移行できない企業は少なくない。フリーの調査*では、84.6%の企業が「業務委託を増やしたい・増やす予定」と回答した。
しかし意向と現実の間には、明確な壁がある。
象徴的なのが「管理のブラックボックス化」だ。
担当者が退職した途端、「誰が誰に、いくらで発注していたのか」が分からなくなる。契約情報や発注履歴が属人化し、後から請求書が届いてプロジェクトが赤字化する事例も起きている。
*2025年12月18日〜2026年1月5日に実施。同社の395件の顧客リストを対象とした。
楠木氏は、この構造に本質的な問題を見る。
「従来の組織は内部管理を前提に設計されており、外と協業するための仕組みが整っていなかった」
その結果が数字にも表れている。
先ほどの調査によると、業務委託を増やすほど管理負荷も比例して増大する。月平均19.9時間、つまり約2.5営業日が管理業務だけで消えていく。
さらに見過ごせないのが法令リスクだ。
2024年11月施行のフリーランス法では、違反時に担当者個人にも50万円以下の罰金が科される両罰規定が設けられている。
それにもかかわらず、同法を「詳しく理解している」企業はわずか4.2%にとどまり、過去1年以内に支払い漏れを経験した企業は52.2%に達する。自覚のないまま、違反リスクを抱えている企業は少なくない。
高澤氏はこう言う。
「法令対応も管理コストも、仕組みで解決して、経営者の頭を極力、好きなことに向けていただきたい。怖いリスクをなくして、やりたいことに集中できる経営を支援したい」
管理の仕組みが整った企業は、外部パートナーからも選ばれやすい。
「つながりたい」という意志だけでは足りない。「つながり続けるための基盤」が今、問われている。
「持てる者」から「つながれる者」へ
壁の本質が見えてくると、逆説的に、可能性も見えてくる。
楠木氏はこう語る。
「企業活動とは本来、自由意志のもとで長期利益の獲得を目指す営みです。商売の面白さは、売り手と買い手の自由意志同士が重なり合うこと。存続それ自体が目的化した瞬間、その原点を見失ってしまう」
そして中小企業には、大企業が持てない固有の強みがある。楠木氏が挙げるのが「分母問題」だ。
巨大な既存事業を持つ大企業は、新規事業もその規模に見合わなければ意味を持ちづらく、尖った挑戦がしにくい。中小企業はその制約から自由だ。
「幕末に開国した日本を訪れた外国人が、櫛屋とかんざし屋がそれぞれ独立していることに驚いたといいます。日本は昔から専門店が独立して成り立つ『スモールビジネスの国』です。やりたいことに集中できる自由さと、外部人材とつながる基盤が合わされば、中小企業のポテンシャルはさらに解き放たれる」
その基盤づくりに、フリーは正面から向き合っている。
契約・発注・請求の一元管理に加え、過去案件情報(制作物・単価)の蓄積やスキル管理、評価機能といったタレントマネジメント機能まで、「外とつながる」ための仕組みをOSとして一元的に提供する。
さらに、2026年2月には「freeeお仕事マッチング」をリリース*。フリーランスへの案件の募集から発注まで一気通貫で対応できるようになった。
「まさに櫛屋やかんざし屋のように、やりたいことに集中できる経営が強さになる時代です。『採用が難しい』『今の市場のままでは戦えない』といった悩みは切実ですが、構造変化をとらえ直せば、新しい戦い方を手に入れるチャンスとも言える。
小さく経営するほど意思決定はシャープになり、経営者の尖った思想が事業にダイレクトに反映される。それ自体が、強烈な優位性になりうる時代ですから」(高澤氏)
*freeeユーザー限定での先行リリース
その変化は、テクノロジーの使われ方にも表れている。高澤氏はさらにこう続ける。
「これまでSaaSは、人間が効率よく操作するためのツールでした。これからはAIが業務を完結させる時代です。そのなかで求められるのは、AIから使いやすく、人が責任をとれることです」
終身雇用ではなく、事業そのものの魅力で人が集まる。ある意味で「偏った」企業が増えることが、多様性にあふれた社会につながる──。高澤氏はそんな未来を見据えている。「社員10人・外部パートナー100人」という経営スタイルが、すぐそこまで迫っている。
持たないことは、失うことではない。何を持ち、何を持たないかを自覚的に決め、選んだ先の仲間やテクノロジーとつながる。それが、これからの経営の競争力になる。
2026年03月30日にNewsPicks上で公開した記事を再構成しています。
記事内の情報はすべて、公開時点のものです。