2025/11/14

「原価が見える」は、リスク管理だ。けんすうが語る、小さくても強い経営

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Brand Design|赤字は、勇気の投資ではない

記事のリード文

インターネットで1円も稼げなかった──。

そう明かすのは、ネット黎明期から活動する起業家の「けんすう」こと古川健介氏だ。

ネットサービスが軒並み赤字だった2000年代、価格設定の「正解」は誰にも分からなかった。それから20年余り。けんすう氏が見出したのは「価格を決める」のではなく「プロセスに価値を付ける」経営だった。

オンラインコミュニティで実証された透明性の力。そして、フリー執行役員・高澤真之介氏との対談で見えてきた、中小制作会社が今、手にすべき武器とは。

「価格設定」という永遠の難題

──クリエイティブ業界では長年、適正価格を設定できないという構造的な問題があります。けんすうさんご自身も価格設定に苦労された経験はありますか。

けんすう 実は僕、20年間、インターネットでちゃんと稼げたことがないんです。

──本当ですか。

けんすう ネットサービスが出始めたころは、ビジネスモデルが確立されていなかった。クックパッドも価格.comも苦戦していて、「ユーザーはネットにお金を落とさない」という風潮が強かったんです。

たとえば、ブログなどでいうと、2010年ぐらいまでは広告すら嫌がられる時代。ブログはただで好きに書いているのが美徳とされ、広告を入れると「儲けようとしている」と批判された。

でも2018年ごろから、マネタイズが受け入れられ、ブロガーがユーザー課金などをしても許されるようになってきた。世の中の流れが完全に変わったんです。

古川健介 アル株式会社 代表取締役|アル株式会社代表取締役。学生時代からインターネットサービスに携わり、2006年株式会社リクルートに入社。新規事業担当を経て、2009年に株式会社ロケットスタート(のちの株式会社nanapi)を創業。2014年にKDDIグループにジョインし、Supership株式会社取締役に就任。2018年から現職。会員制ビジネスメディア「アル開発室」において、ほぼ毎日記事を投稿中。

──高澤さんも業務委託の経験があると伺いましたが、クリエイターの価格設定に難しさを感じた経験はありますか。

高澤 自分の価値を適切に値付けすることは難しい。SES*だと仲介者が相場を見て調整弁となってくれるケースもありますが、クリエイターや個人にとって報酬の設定・調整は容易ではない。

ましてや、1対1で「報酬を上げてほしい」と交渉するのは心理的ハードルが高いものです。

*ITエンジニアが技術やスキルをクライアント企業に提供するサービス。システム・エンジニアリング・サービス。

中小の制作会社も同じで、どれだけコストがかかり、どれだけ付加価値を乗せるべきか、議論がなかなか進んでいません。だから「一律30%」などと、ざっくり決まっているんです。

高澤真之介 フリー株式会社 執行役員 取引プロダクトCEO 兼 ERP事業本部 事業本部長|2014年、BearTail(現トキウム)に学生時代から参画し、en-japanでの海外サービスのリサーチやフリーランスの管理ツール「pasture」の元案の提案に携わる。2017年、セールスフォースを経てen-japanに復帰。2019年からpasture事業責任者。2023年にフリーに事業譲渡し、グループジョイン。2025年より取引プロダクトCEO 兼 ERP事業本部事業本部長。大学では事業開発関連の非常勤講師も務める。

けんすう クリエイターの依頼額も会社によって全く違いますよね。

たとえば、大手出版社だったら自分のブランディングや将来の仕事のために1万円で受けるけど、無名の出版社なら10倍の値段でも受けないとか。トップラインがバラつきすぎて、適正価格が分からない。

また、副業の人が入ってきやすい、というのもあります。

僕は仕事で記事を書くことも多いですが、本業が別にあり、noteなどでも月に多くの売上があるので、有名な媒体や書きたい内容だったら0円で受けることも可能なんです。

0円で書いてくれる人と有料のライターどちらを選ぶかとなったら、やはり無料の方へ流れてしまう。

高澤 そうした価格競争も引き金となって、買い叩きや搾取に近い発注が常態化してしまった。それを是正するために、2024年11月にフリーランス新法が施行されたんです。

ただ、法律で守られるだけでは不十分で、クリエイター自身が付加価値を設定できる力を持つことが理想ですよね。

SNS時代の価格破壊(例)|副業クリエイター:露出・ブランディング/フォロワー数/「本業収入は別」|本業クリエイター:生計維持/スキル/「この仕事が頼り」|目的・資産・収入源に違い|発注側の選択:無料 vs 有料の非対称な競争

──「理想」とおっしゃいましたが、実際にそうした動きは出てきていますか。

高澤 2025年初めごろから、クラウドソーシング市場で面白い兆しが見られます。

生成AIの台頭によって、バナー1点を納品するなどの短期的なプロジェクトの案件は激減した半面、高スキルで補完的にAIを活用する仕事は増加しています。

最終的なアウトプットは同じでも、違いはあります。コミュニケーションを通して議論をファシリテートし、問いを立てるなどのプロセスの重要度が上がっています。

プロセスが見えていることも重要で、アウトプットだけがある状態というよりは、AIを活用した場合でも、制作過程を見せることで、差が生まれているんですよね。

制作過程を見せると価格が上がる?

──そうした経験から、けんすうさんは「価格ではなくプロセスに価値を付ける」という発想に至ったと伺いましたが、どういうことでしょうか。

けんすう 納品をしてから報酬をもらう仕事をしているクリエイターって制作している間にはお金が入らないので、1年かかる作品を作りづらい。リスクが高すぎるんですね。

リスク管理がされていないと、新しいチャレンジができないんです。逆に1年絶対食べていける保障があれば、みんな面白いものを作れる。

そこで作ったのが月額980円のコミュニティ「アル開発室」。会社の開発運営も積極的に公開していて、現在2000人が参加しています。

LINEのオープンチャットで制作過程を公開すると、ユーザーがフィードバックやバナー作成を手伝ってくれます。デザイナーの手間も省けるし、多くの人が作品に携わる喜びを感じてくれていることを実感しています。

「アル開発室」が実践するプロセスエコノミー|従来型:制作 → 完成 → 販売 → 収益(完成まで無収入)|プロセスエコノミー型:制作過程をnoteで公開 → ユーザーがフィードバック(文言修正、バグチェック、バナー作成)→ 一緒に開発に参加 → 拡散・口コミ → 新規メンバー獲得 → 月額980円 × 会員2000人 = 約200万円/月

──実際、透明化することでどんな効果がありましたか。

けんすう 昔、イラストレーターの制作過程を配信する機能を試しに付けたんです。

そうしたら面白いことが起きて、「2時間かけてもまだここなんだ」ってことが見えた途端、クリエイターへ仕事を依頼するときの金額が上がったということがありました。

クライアントは完成形しか見えないので、適正価格って分からない。でも絵を描く労力を見せたことで、価格の納得感が上がりました。

──透明性って、価格交渉力を付けるツールでもあるんですね。

高澤 BtoB企業でも同じ流れが起きています。

僕がいたセールスフォースでは「IdeaExchange」といって、ユーザーから機能開発の意見を募り、投票によって関心度や重要度を測るという取り組みをしていました。

みんな自分の欲しい機能が選ばれるように頑張って宣伝してくれるし、プロセスが見える化されるからユーザーも喜ぶ。

BtoB SaaSでも、機能開発には6ヶ月以上かかることもあるので、その過程を見せること自体が価値になるんです。

フリー社内でも同じことが言えます。

全社を挙げて黒字化を目指したとき、エンジニアやPMは工数管理に消極的でしたが、見える化によるビフォーアフターをセッションで共有したり、アワードで称賛したりすると関心が高まった。

受託ビジネスでも工数を見える化すると、金額の納得感が得られます。

近年はクライアント側が「なぜこの金額なのか」を納得したいというニーズが強まっている印象です。

挑戦と失敗を許容する土台は「原価管理」

──透明性が価格交渉力になるという話、興味深いです。ただ、透明性を実現するにはいろいろと障壁がありそうですね。

けんすう 最初に心理的な障壁になるのは、過程を見せると利益率やノウハウが「バレる」のではないか、という不安です。

でも今は、ノウハウの差より透明性による信頼が重要になっている時代なので、そこはうまく順応する必要があると思います。

──なるほど。でも、そもそも自社の原価を把握できていない会社も多いのでは。

けんすう 確かに、ちゃんと把握している人は少ないかもしれません。

しかし、透明性を実現しようとするには、自社の原価管理を正確に把握することが前提ですよね。

──ただ、中小制作会社からすると「原価管理なんてやってる余裕がない」という反発もありそうです。そういう会社はどうすればいいでしょうか。

高澤 まさに、そうした声を現場から聞く機会は多い。価値や価格を自信を持って提示するためには、データがとても大事です。

でもこれまでできていなかったのは、世の中の管理ツールが基本帳票を作れなかったり、バックオフィスのデータとつながっていなかったりしたから。

今の業務より多くの追加の工数が発生してしまうと見える化を諦めざるを得ません。

──けんすうさんはどのように原価管理やリスク管理をされていますか。

けんすう うちのビジネスは原価はあまり重要じゃないんですが、リスク管理はちゃんとやっています。

どんなリスクがあるのか、それが起きないための対処法、起きたときの対処法などが全部明らかになっている状態だと、チャレンジがしやすいんですね。

たとえば、キングコング西野さんは、作品作りでたとえ大ゴケしてもトントンまで持っていく、という状態を最初から作ります。だから、再起不能になるような失敗がない。

そういうリスクを把握して、リスクを避ける設計が最初からないと、大きな挑戦ができないんです。

日本人は「勇気でリスクを取る」「えいや、でやる」が好きですが、失敗したら後戻りできない。

一方で、GoogleやMetaはAIなどに対してすごい投資をしているようですが、もちろん会社が潰れるような一線を越えた事業はやらない。日本人よりリスク管理がうまい印象があります。

高澤 プロジェクトの赤字というリスクに対して、原価を把握するのは大前提として、そこから先、どう付加価値を乗せていくかも重要ですよね。

──付加価値の作り方、具体的にはどういうことでしょうか。

けんすう 独立研究者の山口周さんが提唱しているものでいうと「機能価値」と「意味価値」の二つがあると言われています。

機能価値は車でいう「動く」「移動できる」という部分で、意味価値はフェラーリのように、論理を超えた部分で「お金を払ってよかった」と感じさせる価値です。

最近、この意味価値の比重がどんどん上がってるんです。

たとえば、うちの会社のロゴ制作を発注したデザイナーが、発注後からしばらく海外に行ってインプットをしていました。

なんだかよく分からないけど「お金を払ってよかった感」がすごく高まったんですよね。

高澤 UI/UXデザイナーがファシリテーションするといったこともありますよね。アウトプットはデザインだけど、ファシリテーションの時間そのものが付加価値です。

けんすう 価値の感じさせ方は複数ある。うまく組み合わせられる人が、これから強くなっていくと思います。

意味価値と機能価値の違いのイメージ(デザインの納品の場合)|■機能価値:完成したデザイン=成果物のみ|客観的評価ができる|時間×単価で計算(例:10日稼働×5万円=50万円)|■意味価値:ドイツでのインプット=制作過程+成果物|主観的な解釈で決まる|ストーリー性も加味(例:1カ月に1社限定、海外リサーチ込み=200万円)|価格の納得感は「意味価値」から生まれる

見積から粗利まで。ツールとの向き合い方

──中小の制作会社が透明化を実現するには、何が必要でしょうか。

高澤 従来の管理ツールは営業とバックオフィスが分断されていました。CRM(顧客管理ツール)や営業管理ツールは帳票が作れない、コスト側のデータとつながっていない、会計ソフトは売上と連動しないというふうに。

リアルタイムに収支に辿り着けないので付加価値が計測できないのです。

けんすう それに、クリエイティブ業界だと原価だけ見ても意味がないんですよね。計上の仕方によっては、人件費が全部販管費に入れていたりすると、粗利率99%になってしまったりすることもある。

ライターならパソコンだけ経費、みたいになりますもんね。販管費や人件費を含めて見ないと、実態が見えづらいなあと。

高澤 実はそこが重要なポイントなんです。

freee販売は、プロジェクト別の受注・発注管理とそれに伴う帳票作成だけではなく、人件費を含めたコストまでを連携しています。

これによって、自然と売上とコストが紐づくので、追加の手間なく、案件別の粗利までを一気通貫で可視化することができます。

けんすう 経営者自身でも原価を把握していないケースがありますが、見やすくなるだけで違いそうですね。

──実際にfreee販売を導入した企業では、どんな変化が起きているんですか。

高澤 営業段階から利益を意識できるようになり、見える化によって粗利への意識も高まります。

具体的な事例を挙げます。

建築コンサルティングのヴォンエルフさんは、人件費高騰や提供価値の高さから、過去実績ベースの価格設定では実態と乖離していました。導入後、工数や原価のエビデンスを溜め、リソース投入の最適化を図っています。

ドローンショー企画・運営のレッドクリフさんは、イベント単価が掴みにくい業界で、コストと利益構造を可視化。「機体数ごとの価格早見表」を整備し、明確な価格設定を実現しました。

アニメ制作のスタジオ雲雀さんは、「給料2倍」を目標に工数ベースの見積を徹底。工数に応じた金額で給料を配分して、それを基に見積もり、業界の慣習を変えようとしています。

従業員の目線:各プロジェクトの収益と予実をリアルタイムで可視化|案件|見積→受注→納品→売上|発注/外注・仕入・外注費・経費・予定工数・工数実績|営業部門・購買部門・開発部門・経理部門が連携|経営者の目線:取引に関する多様なデータと自動で連携できる|freee販売|会計(売上金額)・工数管理(人件費)・業務委託管理(外注費)・サイン(契約情報)

──ただ、現場のクリエイターからは「管理は息苦しい」という声も聞こえます。

けんすう 「とにかく全部を可視化していこう」とやろうとすると、今度は管理の手間が大きくかかるので、生産性が落ちてしまいます。

個人的には、クライアントが感動する部分のみを公開する、くらいに絞ってしまう方がいいかなと。

たとえばモデルを撮影するときに、そのモデルさんの1ヶ月の運動と食事管理の過程を見せると「これだけ大変なんだな」とわかり、モデルさんの単価が上がる、みたいなイメージです。

高澤 付加価値を見える化するために使う。価格に転嫁するところを見せる。そういう使い方が理想です。

AI時代に勝てる「小さくても強い」経営

──ここまで、透明性や原価管理の重要性についてお話しいただきました。ただ、中小制作会社からすると「大企業にはかなわない」という諦めもあるように思います。

けんすう むしろ、小さい方が有利だと思っています。

AIやSaaSで一気に生産性が上がる時代になったときに、中小企業でもコストをそこまでかけずに管理をちゃんとできるようになります。

そうなると、管理そのものよりも、社員みんなが「なぜ、これをやらないといけないのか」の認知を揃えることの方が重要になると思うんですが、ここでは大きな会社よりも、小さい会社の方が有利です。

顔が見えるから、共通意識を持ちやすいかなと。

高澤 日本は戦国時代から「個人で自立してコミュニティに貢献する」文化がある。飲食店に多いように、様々な個人店が多様性を生み、国を豊かにしてきた背景もあります。

フリーもスモールビジネスに特化し「そこで働く人がハッピーになるプロダクト」作りを軸にしています。

freeeのミッションとビジョン|Mission|スモールビジネスを、世界の主役に。|Vision|だれもが自由に経営できる統合型経営プラットフォーム。|会計・人事労務・電子契約・固定資産・請求管理・電子稟議・債権債務管理・経費精算・工数管理・販売管理

──最後に、価格設定に悩む中小制作会社が「小さくても強い経営」を実現するために、まず何から始めるべきでしょうか。

高澤 まず、自社の原価を正確に把握すること。これができていない会社が約8割です。適切な可視化の範囲を決めることも大切です。

けんすう うちは、給与以外はだいたい全部見られるようにしていっています。でも「見ろ」とは言わない。「見られる」ことが大事で、義務になった途端に嫌になりますしね。

高澤 付加価値を言語化し、分断されたデータを1つにする。営業中も利益を意識できるようになります。

けんすう 透明性って、実は最強の営業ツールだと思っていて……。「これだけやってます」って見せるだけで、お客さんの納得感が全然違う。

高澤 付加価値がちゃんと報われ、そこに価格がついてくる。それをシステムでも支援していきたい。

スモールビジネスが儲かって、多様性が損なわれずに続く。そんな未来を創っていこうと考えています。