2025/10/30

【明石×佐渡島】"バックオフィス崩壊"を経て生まれた「仕組み化」の法則

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Brand Design|「管理」が「自由」の土台になる?

記事のリード文

勘と情熱に頼りすぎる、クリエイティブ業界の慣習が限界を迎えつつある。クラウド会計大手freeeの最新調査によると、中小制作会社の赤字プロジェクトによる損失は年間平均2,000万円を超える。

しかし、管理を強化すれば、クリエイティブの自由は失われるのではないか──。

この問いに、対照的な経営スタイルを持つ2人が向き合った。

ワンメディア創業者・明石ガクト氏と、コルク創業者・佐渡島庸平氏だ。

バックオフィス全員退職を経てデータ管理経営に転換した明石氏。福岡移住で「意図的に」会社との距離を取りクリエイターの自立性に賭ける佐渡島氏。

手法は異なれど、2人がたどり着いた答えは同じだった。

管理は、自由の敵ではない。

"バックオフィス崩壊"と福岡への移住

──お二人とも創業から10年以上が経ちますが、振り返ってみて、当初の経営スタイルはどのようなものでしたか。

佐渡島 明石さんも僕も、会社を創ったけど「経営者」じゃなかったんですよね。

明石 めちゃくちゃ、それ言われます(笑)。

佐渡島 プレーヤーのまま会社を創って、大暴れしているという状態。朝7時から夜11時まで会社にいて、すべての時間を会社にかけるのがいい経営者だと思っていました。

明石 僕も同じでした。ただ、うちの場合は創業1年目の売り上げが年間5万円という状況だったので、「大暴れ」とは言えませんが。

でも、本当の危機は2021年末でしたね。バックオフィスが全員退職するという。

ワンメディア株式会社 代表取締役 CEO 明石ガクト|Gakuto Akashi|2014年6月にONE MEDIAを創業。国内大手ブランド向けにYouTube・TikTok・ポッドキャストを活用したコミュニケーション支援を行っている。2018年に『動画2.0 VISUAL STORYTELLING』(幻冬舎)を上梓。最新の著書『動画大全』(SBクリエイティブ)は韓国・台湾でも出版。YouTube Works Awards 2022 クリエイターコラボレーション部門代表審査員、TikTok Ad Awards 2024、2025 審査員を歴任。

佐渡島 えっ、全員?

明石 全員です。半年でバックオフィスメンバーがゼロになりました。僕自身が本業の動画事業から一線を置くようになっていて、それが彼らに伝わっていたのが根本原因だったと思います。

現在はショート動画やポッドキャストの事業も拡充し、社員も35名弱に増えました。

──佐渡島さんは2021年に福岡に移住されました。これは、経営上明確な意図があってのことだったのでしょうか。

佐渡島 それは、わざとそうするためです。

明石 やっぱりそうなんだ。

佐渡島 会社と自分を一体化させすぎていたので、東京にある会社と自分の間にあえて物理的距離を作る必要があったんです。

CEOって、今やっている業務の外側、次にどこへ広げていくかを見る役割じゃないですか。 でも、それって、まだ確定情報じゃない。 それを、確定した情報で動いている現場メンバーにいきなり言うと、混乱するだけなんです。

物理的距離があると、僕に1拍置かせたりとか、直に言うのを避けたりっていうふうに、判断を冷静にしてくれるんです。

株式会社コルク 代表取締役 CEO 佐渡島庸平|Yohei Sadoshima|1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社・コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。著書に『観察力を高める 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』(SBクリエイティブ)等。

──ワンメディアは創業10年を機に組織を刷新し、データ経営への転換を決意したそうですね。ターニングポイントは。

明石 転機は、LINE出身でオペレーションが得意な社員が入ってきたことです。今のCOOの余頃沙貴なんですが、彼女が開口一番、 「なぜ制作会社には、ちゃんとした管理システムがないことが多いのか?」と。

──問題意識がオペレーションにあったのですね。

明石 そう、彼女はオペレーションギークと言ってもいいと思う。それまでは制作会社によくある属人的な管理でした。

でも、バックオフィス崩壊を機に、彼女が予実管理システムを導入して売上予測と実績のギャップを可視化できるようになったんです。

──それで組織が変わっていったと。

自由度の高いクリエイティブ業界だからこそ、あえて会社のスタイルに「トップダウン」を入れてエネルギーを向けるベクトルを決める必要がありました
ただ、これが定着するまでには約3年かかりましたね。

対照的な経営アプローチ|明石ガクト:データ管理で「中から変える」/トップダウン型/KPI・予実管理の徹底/仕組み化で自由を守る|佐渡島庸平:距離を取り「外から観る」/自律分散型/「見れば分かる」仕組みづくり/距離で冷静さを守る|共通解 管理は自由の敵ではない

「ホームラン狙い」と「出塁」を分ける目標設定

──明石さんは、トップダウンでKPI(重要業績評価指標)を設定されているとのことですが、クリエイターにどのような目標を課しているんですか。

明石 僕の会社では、これを「打席」っていう表現をするんですけど。何が何でも出塁を求める打席と、ホームランを狙いにいってもいい打席を分けています。

若手にとっては、出塁がKPIとイコールだから、ホームランを打つことを求めてはいない。その設計をうちの会社ではトップダウンで決めているんです。

無様でもいい。「ここを目指してくれ」という明確なメッセージを出せば、結果「勝てる」経験が積めるはず。

KPIマネジメントは、制作チームを含めたマネージャー陣へのミッションとして徹底しています。

クリエイターの成長を守る「打席」設計|若手:出塁を求める打席(KPI明確) 無様でもいい、まず勝てる経験を|ベテラン:ホームラン狙いの打席 挑戦の自由|結果:チーム全体で「勝てる」

──なるほど。佐渡島さんは、こうした目標設定についてどう考えられますか。

佐渡島 僕も、クリエイティブ業界にとって「いい作品を作る」ことと「収益を立てる」こと、どちらも大事だというスタンスです。

ただ、経験の浅いクリエイターが考える「いいもの」と、ベテランが考える「いいもの」は全く異なる。

だからこそ、まずは売り上げが上がる、確実に顧客が喜ぶものを作ることから始めるべきなんです。

──つまり「当てに行く」ということでしょうか。

佐渡島 そう。まずは、当てに行く。売れる見込みがない作品を作っても意味がない。

──お二人とも「人が成長しない限り会社はうまくいかない」という点では共通していますね。

佐渡島 まさに。僕の会社も明石さんの会社も、サービスの上場を目指すワンプロダクトではなく、人が成長しない限り、絶対うまくいかない。

サービスの成長は天才でも起こせるけど、人の成長は時間がかかる。

ある先輩経営者から「会社は子どもと一緒」と言われたことがあります。会社自体も成長段階に応じた経営スタイルを取っていく必要があるんです。

──佐渡島さんは、数字やKPIに頼らずに、どのように人と組織の成長を見ているのでしょうか。

佐渡島 僕はもともと「見れば分かるじゃん」って考えを持っていました。だけど、経験がないと、見てもわからないことに気づいたんです。

だから、会社っていうのは、経験がない人でも「見れば分かるようにするためのツール」を用意しておかないと、判断ができないんです。

明石 それ、めちゃくちゃ分かります。最近読んだ石田夏穂さんの『ミスター・チームリーダー』という小説が、まさにその話なんです。ボディビルダーの男性が組織の無駄に切り込み、代謝を上げていく物語で。

佐渡島 要は、身体と一緒で、組織もわからないことを管理していくとスリム化が進むということですね。

明石 バレましたね(笑)。自分の身体を思うように動かすには、まずどこに何があるかを認知する。組織も同じだと思ったんです。

「見えない赤字」を生む構造

──明石さんは「基準値を知ることで判断できる」とおっしゃいましたが、佐渡島さんの会社では予算管理はどうされていますか。

佐渡島 ちなみになんですけど、うちも予算は作っていますが、正直に言って今、外しまくっていますよ。

明石 僕らは、予算を外すことを許されない。「来月、2,000万円足りない」となったら、どう埋めるのか、具体的なアクションプランを示さなければならない。そのために、トップダウンとKPIマネジメントを導入しました。

佐渡島 なるほど。明石さんの会社とうちでは、業態が違うからアプローチも変わってくるんですね。ただ、「経験がない人でも判断できる仕組み」という本質は同じかもしれない。

──freeeの調査では、中小制作会社の赤字プロジェクトによる損失の年間平均が2,000万円を超えています。明石さんの会社でも、こうした「見えない赤字」は発生していたのでしょうか。

明石 ありました。ただ、誰も悪意があるわけではないんです。

人件費以外の製造原価だけ見ると粗利がよく見えても、人件費を含めると赤字だったというプロジェクトが、制作現場で発生していたんです。

実制作の時間だけでなく、長時間の撮影や顧客とのミーティングなどのコミュニケーション時間も累積しますから。

あとは、決裁フローが整っていないと、赤字プロジェクトの原価を、余裕のあるプロジェクトにつけ替えるといった行為も起きますね。

「見えない赤字」は年間2,000万円超|赤字案件の損失額は…年間2,062万円|過去1年以内に赤字プロジェクトを経験 制作会社の75%|「無償サービス」は…年間590時間 年間236万円相当 ※時給4,000円換算|適正価格での値付けができている 42.3%|リアルタイムに収支管理が把握できていない 81.4%|データに基づいた意思決定ができていない 62.5%|プロジェクト型事業を行うIT・ソフトウェア開発、Web制作、映像制作、広告などのクリエイティブ系企業234社を対象に、2025年7月に実施|調査時期:2025年7月16日〜7月27日/対象者数:234名|調査方法:フリー顧客リストとFastaskを利用

佐渡島 それは、現場から見ると「きれいな仕事」をしているつもりなんですよね。

明石 まさに。でも、会社全体で見ると、どこで本当に赤字が出ているのかわからなくなる。これは、仕組みで解決しないと、性善説や教育だけでは限界があります。

営業にはCRM(顧客管理システム)のようなツールが浸透しているのに、制作には収支管理ツールがない。

この状態を放置しておくと、結果としてクリエイターの「打席」は奪われるんです。

それを解決するために、うちではfreee販売を導入しました。

案件管理から帳簿作成、粗利管理までを会計と自動連携することで、すべての領域を一元化できる。

佐渡島 なるほど。うちも管理会計の仕組みづくりには相当苦労しましたよ。会計システムは別なんですが、それが一括でできるなら魅力的ですね。

明石 はい。この仕組みのおかげで、「この案件は本当に稼げたのか」という経営上の問いに対し、リアルタイムな数字で答えられるようになりました。

「月100時間削減」を実現。全体最適への強い意思

──先ほど触れたfreee販売ですが、明石さんが感じた成果はありますか。

明石 うちの場合、バックオフィスがたった1人で回っているのは、freee販売のおかげです。経営観点では決裁フローが徹底され、「人に罪を負わせない」仕組みができました。

以前は決裁フローがないことで、プロデューサーの裁量権が肥大し、原価つけ替えなどが起きて危機感を持ったからです。

また、エコシステム全体のオペレーションも改善し、外部スタッフの請求書回収がスムーズになるなど、目に見える効果が出ています。

──具体的な成果として、どのくらいの変化がありましたか?

明石 まず驚いたのが経理の締め作業です。

余頃が「外部の会計士や記帳代行サービスをfreeeでつなげば、社内に経理がいた頃より早く締められる」と言い出して。

僕は半信半疑だったんですが、結果は4営業日も早くなった。 しかも、これは「誰が辞めても大丈夫な仕組み」です。

──4日も!それは大きいですね。

明石 そうなんです。そして工数管理を徹底した結果、月100時間の削減効果が出ました。でも、大事なのは削減効果ではありません。

次に、取り組んでいるのは、提案・制作・撮影など案件のフェーズ別の工数の可視化です。

工数を削減したいのではなく、この基準値を作ることが重要。基準値を知ることで、経験値が少ない人でも判断ができるようになったのが最大の変化です。

──基準値があると、価格交渉にも役立つのでしょうか。

明石 クリエイティブの適正価格って正直すごく難しい。現場メンバーは原価から一律のパーセンテージで逆算して値付けしがちですが、私は「顧客の需要から売値を考えろ」と言っています。

新しいチャレンジをしている業界だからこそ、自分たちの仕事の付加価値をこちらから示す必要がある。

基準値を知ることは、自分たちの仕事の価値証明にもつながるんです。

──業務を変えることへの抵抗はありませんでしたか。

明石 厚切りジェイソンさんが言っていたんですけど、「日本は自分たちの業務に合わせてシステムを作ろうとするが、アメリカではシステムに合わせて業務を変える」と。
その言葉通り、自分たちもfreeeに合わせて業務を変えました。

──最後に、情熱と収益を両立させるために必要な経営者の心構えを教えてください。

明石 中小の制作会社経営者の方に伝えたいのは、チームの「今のままでいい」という言葉をどうか鵜呑みにしないでほしいということ。

経理が少し楽をするために、クリエイティブや制作サイドが実は割を食っているというケースは本当に多いんです。

佐渡島 でも明石さん、チームのメンバーのことを、頭ごなしにいくと、それはそれでもめるじゃないですか。

明石 それはそうです。だからこそ、オペレーションの仕組みでやり遂げるという確固たる意思が必要なんです。結果的には、みんなハッピーになりますから。

佐渡島 そうですよね。

明石 会社の全体最適を決められるのは経営者だけ。だから、強い意思を持ってやってほしいんです。

半分冗談ですが、「freeeエコシステムを崩さないことを採用条件にする」と宣言するくらいの、仕組み化への強い意思を持って取り組んでほしいです。