トップダウンにならずにリーダーの意思を浸透させる組織作り

税理士法人ビジョン・ナビ 代表 林遼平 氏/林篤彦 氏/池田織弥 氏

課題
顧問先のコンサルに注力したい

ビジョン・ナビでは、freee導入に着手してわずか3か月で、所員1人当たり平均77時間(3か月の累計)の業務時間短縮という目覚ましい成果を実現。短い準備期間でスムーズにfreee導入に至った裏には、どのような組織作りのメソッドがあったのでしょうか?

口コミ効果を狙った「オセロ理論」

税理士法人ビジョン・ナビは、代表の林遼平さんを筆頭に、中小企業診断士の林篤彦さんや公認会計士の池田織弥さんが在籍。所員は11人、平均年齢33歳と、ベテランもいるが若手も多い中堅事務所です。


わずか3か月で所員全員がfreeeを使いこなし、大幅に仕事時間を短縮するなど、現在は先進的なIT化への取り組みを成功させているビジョン・ナビですが、最近まではとくにITに強い事務所ではありませんでした。父の跡を継ぎ、2013年に代表の遼平さんが、その翌年に兄の篤彦さんが入所したころは、まだ昔ながらの事務所で、所員全員で1つのメールアドレスを共用し、インターネットセキュリティ対策への見識もあまりない環境だったそうです。


「このままでは業界のなかで取り残されてしまうと思い、昨年9月に『ITダントツ化宣言』というものを打ち出したんです。世の中では“働き方改革”が叫ばれていますが、これまでうちもご多分に漏れず、夜の10時、11時まで働いたりしていました。そこで事務所のシステムそのものを変えて、IT化による業務効率化を目指そうと考えたのです」と、代表の遼平さん。


これを契機にさまざまなITツールを導入し、あらゆる改革を進めたなかで、クラウド会計ソフトとしてはfreeeがフィット。そこで遼平さんがまず自身でfreeeに習熟し、テスト運用を経て本格導入を決定。事務所全体に対しては自らがリーダーとなって導入を進めてきました。 「3か月間、自分でテスト運用してみた結果、『freeeを導入すれば業務時間が短縮できるぞ、これは会計業界にとって必要となるソフトだ』と確信し、2018年1月に本格導入を決めました」(遼平さん)


興味深いのが、その取り組み方です。代表自らが導入を決めたため、事務所全体に肯定的に受け入れてもらうために、遼平さんは2つの工夫を凝らしたのです。1つめは、所員に自発的に「freeeを使ってみたい」と思ってもらうための、いわば“インフルエンサー”の形成。


「『ITダントツ化宣言』を実現するために、所内には『情報管理委員会』というプロジェクトチームを発足させており、最初にfreeeを使ってもらう人もこのチームから選びました。とくに注力したのは、ベテラン、中堅、若手所員からそれぞれ1人ずつ、話し好きで周囲への影響力が高い人を選ぶようにしたことです。彼らに『ちょっとこの機能を使ってみて、いい点と悪い点をフィードバックしてくれないかな』と声をかけ、彼らが実際に効果を実感したら、口コミで周りに伝わっていきます。まるでオセロの端を取ったように、周りもfreee利用にひっくり返っていくんです」と遼平さん。


若手のインフルエンサーになった池田さんも、「ふとした会話から『新しく入れたソフト、便利なんだよね』という話題になり、周りの人も試してみようかという機運が高まっていくんですよね。新しいソフトは、最初の導入は煩雑ですが、一度流れに乗って業務効率アップを実感できれば、加速度的に浸透していきます」と語ります。



【リーダーの資質】インフルエンサーを発掘する
最初からすべてのスタッフがfreee導入に前向きになれるわけではないので、まずはいかに所内に肯定的な雰囲気を作るかが成功のポイントです。ビジョン・ナビでは、事務所のなかの最年少、中間層、最年長のなかから口コミ力の強い人材を1人ずつ選び、「ちょっと使ってみて、感想をフィードバックしてくれないかな」と声かけし、3人のスキルアップを自然と図ることに。スキルが身に付けば効率化が必ず実感できるので、あとは3人の口コミで他の所員にもメリットが伝わって、オセロが引っくり返っていくようにみんなが使い出すという戦法です。この戦法のいいところは、所員が自発的に「便利そうだから、ちょっと使ってみようかな」と思える部分。自発的なぶん、心理的負担がかからないので、習熟度も上がりやすいのです。


3つの機能習熟に特化して第一歩を踏み出しやすく

もう1つの工夫は、最初に使用する機能を絞って、習熟へのハードルを下げたことでした。


「私はITツールが好きで、さまざまなソフトに触れているため、freeeに関しても機能や利便性をある程度スピーディに把握できました。けれども、そのすべてをいきなり所員に伝えると混乱が生じる恐れがあります」(遼平さん)


忙しい日常業務のなかで、操作に慣れた従来の会計ソフトからfreeeへと切り替えるにはスイッチング・コストがかかります。所員が抵抗なく取り組め、freeeによる効率化を徐々に実感してもらえるようにする施策の1つが、「自動で経理」「ファイルボックス機能(領収書のOCR入力機能)」「通帳データ化サービス」の3つに絞った運用だったのです。



「この3つを選んだのは、freeeのメイン機能であり、作業短縮の実績がわかりやすく、達成感が得られやすいと思ったからです。とはいえ、それを言葉で伝えても、スタッフは今まで使ってきて操作に熟知しているほうを使いたがるものです。そこで、ベースは従来通りの会計ソフトを使用して、作業の一部分だけはfreeeのファイルボックス機能を使ってみようなどと誘導していきました。操作に慣れれば、どちらが効率よく仕事ができるかすぐ実感できます。また、それだけを使うなら簡単ですから、インフルエンサーの好意的な評価も得られやすいと予想しました」(遼平さん)



その効果のほどはどうだったのでしょう? これまで他社の会計ソフトを主に使ってきており、リーダーの遼平さんと現場でソフトを使うスタッフのあいだに入ってきた兄の篤彦さんが説明してくれました。


「新たな取り組みをすると、一時的に負荷がかかるものです。それを上から強制されると重荷になりますが、うちのような取り組み方なら、知らず知らずのうちに少しずつfreeeに習熟できます。そしてこれまで3時間かかっていた作業が、freeeを使うと1時間かからないとわかれば、次の機能にも俄然、興味が湧いてきます。この入り口のところさえクリアできれば、あとはスムーズです。スタッフもみんな同じような感覚だったと思います」



この2つの工夫が功を奏し、ビジョン・ナビでは今年1月から年度末までの3か月間で、1人当たり平均77時間もの業務時間短縮に成功。以前は夜10時、11時までの就業がザラだった繁忙期でも、まずは7時までに帰宅できるという働き方改革が実現しました。本格導入からわずか3か月で、スタッフ全員が自然とfreeeを選ぶようになり、実務作業をおこなえるようになったのです。

変化を自然と受け入れる事務所内の風土作りく

ところで、ビジョン・ナビが本格導入の取り組みを始めたのは今年の1月から。確定申告の繁忙期までは、それほど間がありません。準備期間が不足するという危惧はなかったのでしょうか?


「私自身、他社のソフトに慣れていましたが、担当クライアントの入力作業をfreeeで試してみたところ、通常3日かかっていたものが1日で完結しました。この圧倒的な効率化は他の所員にも必ず伝わり、支持されるはずだと確信していたので、心配はまったくありませんでした」(篤彦さん)



こうして所員が自然とfreeeに親しむ空気を作って導入をスムーズに進めてきたビジョン・ナビですが、それには「一生懸命働き、一生懸命遊ぼう」という組織風土も影響していたのではないかと遼平さんは推察します。これはビジョン・ナビに昔からあるスローガンで、根本的な風土として組織に根付いてきていました。 「うちの事務所では、みんなでマラソン大会に出たり、誰かが家を建てたら全員で新築パーティをするなど、公私にわたる付き合いをしています。10人程度の事務所だからできることですが、互いの私生活を知ると、その生活を尊重しよう、みんなで協力して働き方改革をして、自由な時間を作り出そうという素地ができていたのも成功の一因だと思います」(遼平さん)


スタッフが意見や感想を口に出しやすい雰囲気。みんなでワイワイ仕事ができて、口コミが功を奏する環境。それはもともと、組織で一緒に行動することが多く、チームワークがとりやすい組織風土だったからでしょう。


遼平さんのリーダーとしての行動も、あくまでも所員の無理のない習得を目指したものでした。たとえば作業をするとき、所員がどのソフトを開いているかで、習熟度チェックが自然とできます。ビジョン・ナビでは、遼平さんがコーチとして操作研修をおこなったり、毎日の朝礼や月に一度の月初会議で話題にするなど、スタッフの意識をfreee導入へと向ける工夫をしてきましたが、他のソフトを開いていることが多いスタッフに対しては、さらに個別にフォローができるのです。


「リーダーとして、『来月までに90社導入』などの目標設定もしました。でも、それが実現できなかった際の原因追及などはせず、とにかく自然に習熟度が上がるようにすることに力点を置きました」(遼平さん)


個人が自発的にfreeeの使い勝手のよさを発見していくというやり方によって、トップダウン的な導入の仕方ではなく、事務所で一丸となって楽しみながら導入することができたのです。



【チーム化のヒケツ】意識改革が進みやすいスローガン
「事務所にとって今一番必要なのは、IT化に注力し業務効率化を進めること」と定めたビジョン・ナビでは、「ITダントツ化宣言」と「一生懸命働き、一生懸命遊ぼう」という2つのスローガンが両輪となって、所員の意識改革に働きかけました。ただ事務所のためだけでなく、みんながワクワクしながら働けるようなスローガンにすることで、所員が前向きに取り組めるように工夫。また、みんなでマラソン大会に出たり、パーティを開催したりと、全員で遊ぶことが、チームワークの形成にもひと役買っています。


freeeで作業時間を短縮し経営者の目標の支援を

「今までは、クライアントの記帳代行や税務申告にまつわる業務で手一杯でしたが、これからはその時間を経営支援のコンサルティングに充てることができます。クライアントの業務改善をしたり、補助金のご案内をしたり、経営者の方の夢や目標を達成するための支援という、私たちが目指したい業務ができます」と、遼平さんは今後の展望を語ります。


たとえば、旧来どおり手書きの振替伝票を起票している企業であれば、それに時間をとられ、本業に注力する時間がどうしても減ってしまいます。そこで、業務の効率化を図るためにfreeeを導入する支援をはじめ、営業などのフロント業務や経営管理の仕組みを提案することで、クライアント企業を強力にバックアップしていこうというのが遼平さんの目論見です。


「導入時にfreeeのカスタマーサクセスを受けていて一番助かったのが、クライアント別のアクティブ状況ですね。ご案内したサービスをクライアントが実際に使われているかという進捗状況が把握できたので、アドバイスがしやすかったですし、われわれの励みにもなりました」と篤彦さん。 こうして着々と成果が出ていることを受け、ビジョン・ナビでは今後、freeeの導入コンサルティングを「企業向け」と「会計事務所向け」の2本の新しいサービスとして広く打ち出していく予定です。


「freee導入は、業界全体の活性化につながると確信しています。そのため、企業向けだけでなく、私たちと同規模の会計事務所に向けても、導入コンサルティングを提供していきたいと考えているんです。組織全体でうまく導入を進められない事務所さんも多いと聞いていますが、一番のポイントは事務所でどんな点がハードルになっているかを見極めることです。私たちがfreeeを導入する過程で蓄積してきたノウハウを駆使すれば、そのハードルがどこに存在しているかも見極められますか


会計事務所向けのfreee導入コンサルティングは、必ず会計業界の役に立つと思っています」(遼平さん)




【リーダーの資質】非ノルマ化
代表自らがfreee導入を決めたビジョン・ナビにとっては、上から命令して強制的にfreeeを使わせるのではなく、所員が自然とfreeeに興味を持って習熟度を高めていってくれるのが理想的な道でした。そのための工夫の1つとして、導入件数などの目標が達成できなかったとしても、まずは原因追究はせず、スタッフのフォローアップに重点を置くことに。freeeの操作講習会を開催したり、機能を絞って習得しやすくしたりといった工夫のほか、兄の篤彦さんのように”従来のソフトのほうが慣れているけれど、freee導入の意義を理解してくれる”人物がいると、所員の共感が寄せられ、行動の手本となってくれます。


税理士法人ビジョン・ナビ

京都府八幡市男山美桜5-17
075-982-6811

1989年に父の林重雄氏が設立した事務所の跡を継ぎ、現在は兄弟で運営。兄は中小企業診断士、弟は公認会計士として顧問先の多様なニーズに応える。企業の成長のために長期的なビジョンに立った未来会計の観点を大事にする事務所。

税理士法人ビジョン・ナビ